林内の樹冠と風

はじめに
 風によって樹木が動く様は見飽きないものである。特に強風によって樹は全体的に激しく動き、風の吹く方向や強弱の変化を形にしてみることが出来る。昔読んだ長塚節「土」の中に強風に揺れる樹林の様子が描かれている。冬の木立には、木枯らしと言われる風が当たり、枝の間を通り抜けていくが、強い風に悲鳴のような風を切る音を生じる。樹木が動かない分だけ、風の音となるのであろうか。樹木に葉のある季節には、風は葉ずれの音となって、微風でも風を音にする。
 風は樹木にとって意味があるのだろうかという、慰問の一つに、園芸を専門とする人から教えられたことがある。風は葉の蒸散作用を促すということである。葉にとって余りに強い風は、破壊的な影響を与えることは見て分かるが、そんな効果があったのかと納得した。しかし、枯れ葉を風が落とすことは意味があるかもしれない。ケヤキ林に取り組んだ田中君から教えてもらったのだが、ケヤキの種子は枯れ葉が風に乗って散布されうのだという。たしかに、ポプラの綿のような花粉が春先に空を飛んでいたことを思い出す。また、クルミの実を風が落としくれるのを待っていたこともあった。風倒木でさえも、島崎先生はカラマツ林において除伐の効果として評価できることを話していたことがある。

林内の風の作用
 林内は林冠と林縁によって林外の風を遮断し、緩和している。陽光を遮断する林冠は、風が吹き込まないだけ、低い気温を保ち、また、夜は地温によって温かな気温を保って、気温の変化を林外よりも緩和させている。葉の蒸散や落葉の堆積によって生じる湿度の上昇が林内で保たれるのも、林縁の防風効果が作用しているのであろう。樹木などから生じる芳香も林内の大気の中に含まれ、穏やかな風の気流によって鼻に運ばれる。林内は林外とは異なる大気に満たされ、穏やかな気流、静けさと微かな葉音、足音とともに、人を森林有機体に一体化させるように感じさせる。
 林内を構成する林木は、風の影響から林縁、林冠によって、それを幹が共同して支えあって守られている。しかし、それぞれの林木は、強い風によって、その共同は競合に変わらないのであろうか。風によって折れた樹、倒れた樹を見かけることがまれにある。アカマツは幹が折れている場合が多く、ヒノキは根返り状態であることが多いように思う。広葉樹ではあまり見たことが無い。アカマツの幹折れは幹の細い樹で、ヒノキの根返りの根は狭く、浅いようであった。機会が生じれば観察の必要がある。林冠が大きく破壊されることは、めったにはないことであろう。散発的な単木の倒木や損傷は弱った木に生じて、林冠の閉鎖を破るものではなかった。
 樹の動きによって風速を判断する方法がある。風を気流と見れば、その強弱の相違があり、空気の塊が方向を変えながら樹を様々な角度から揺り動かす。その気流そのものも強弱があり、その強弱は波のようである。この風の変化に呼応するように樹木が風にゆれ音をたてるのである。多くの林木があちこちで揺れ動く様は壮観であり、林内空間の壮大な波動のようである。この風に危険を感じる場合には楽しみどころではなくなる。
 風による樹木の絶妙な動きに森林が風にいかに適合しているか、偉大な進化を感じる。