2009-10-01から1ヶ月間の記事一覧

森林と風景の成長

はじめに 国木田独歩の「武蔵野」は著名な随筆となり、雑木林への関心を増大させたといえる。しかし、都市近郊に住んだ著者が未だ残る農村風景の中を散歩し、鑑賞するものであった。これは、志賀重昂の「日本風景論」にも通じた態度であったろう。こうした態…

展望広場の条件

はじめに 展望は高い山、或いは高い塔の上から、鳥瞰して見出せる。山の場合は下方が鳥瞰できる場所が地形に遮られて限られる。同時に森林によって遮られることが多く、展望を得るには塔が建てられることもある。都市内では建物で遮られて、高い建物、塔を作…

生活空間 行動と時間

はじめに 生活空間は戸内と戸外に別けられる。これを生活時間から考えると、戸外での行動は遥かに少ない。また、人によるだろうが、個人的関係と社会的関係において行動を分けると、社会的行動の時間もまた少ない。生活時間のほとんどが、戸内で個人的行動の…

シークエンス景観

はじめに シークエンス景観をCiNiでみると800件以上の論文が見出される。古くは1960年代から、1980年代を経て、2000年代まで論文の傾向は変遷しており、2000年代に数多いということには、時代的な要請があり、また、その時代的要請に変遷があるのであろうか…

自動車からの景観

はじめに 狭い自動車は、シートベルトに縛られて座ったきりである。移動のために運転者は前方に目を配り、衝突しないこと、行く先への経路を信号で判断して見落とさないことに注意している。同乗者と話をし、音楽を楽しむこともできるが、道路の状況に油断す…

動的景観―前方の知覚

はじめに 子供の頃、汽車に乗るのはめったに無い楽しみだった。どこか、遠くに行けるということもあるが、汽車に乗っていること自体が楽しみといえた。労せずして進行し、汽車の速度によって眺めの変化が生じる。汽車の先頭の機関車で機関シ手が釜に石炭を放…

造園の本質

はじめに 「造園の本質」は恥ずかしながら、私の卒業論文の題名である。先日、その卒業した大学で研究室百周年の記念事業が行われ、出席させていただいた。卒業以来、研究室を訪れたことはなかったので、躊躇もあったのだが、研究室の教授の親切なお誘いから…

高齢林

はじめに 森林も人間の寿命のように年をとる。現在の年齢は過去に遡って誕生した年からの始まりで、歴史的な年代で時代を示すことになる。林齢によって幼齢林、若齢林、壮齢林、高齢林、老齢林へと年を重ねる。人口の年齢構成と同じく、国や地方で累積して示…

道路景観と森林景観

はじめに 道路に自動車が見られなかった時代、都市内の街路は都市景観そのものであり、街路は建物の構成によって視界が開かれ、街路に面する建物の前面は、外観が景観に考慮された。また、街路は開放的な空間として享受され、緑陰と見通しのために並木が配置…

林間住宅

はじめに 林間に住宅を作るとどのような住みよさが得られるのであろうか。アメリカの住宅地のイメージは芝生の前庭が隣家と連続し、広々した芝生の中に住宅が離れて連続するものである。しかし、ボストン郊外の森の中を通り過ぎた時、林間が住宅地として展開…

田園環境工学の幻想

はじめに 大学と社会の関係において、社会の必要を対象にした知を開く学問の追求が大学の役割であることは確かであろう。特に地方大学は地域社会と密着して展開する上で、地域社会の必要に根ざすことが必要である。農学部においては従来、地域の農畜林業と関…

森と木材

はじめに 森は樹木によって構成され、樹木はいつか年老いて枯れていく、一方で、若い樹が育ち、森はいつまでも続いていく。枯れていく樹を人間が除いても、同じように若い樹が育てば、森林は永続する。樹の寿命が尽きるまで森の中にあるのが、天然林であり、…

ポロトコタン

はじめに 北海道の先住民、いや、信州にもいたと言われるアイヌの人々の文化がこんなに身近に感じられたことは、かってなかった。縄文から弥生文化への移行は弥生人が大陸から渡来して、縄文人を征服したり、追い詰めて行ったことは、古代史の記述の中に垣間…

自己投影としての環境

はじめに 外界を知覚し、行動するのの、頭脳(高次神経系)が受容し、判断をし、行動する上で、神経の活動野は目と手が大きく、足の小さなを作り出しているとのことである。すなわち、行動と知覚の反映として、頭脳の中にある活動野があり、あたかも、人間の…

定住と漂泊

はじめに 旅に出て旅先にそのまま住んでしまうことがあるなら、何故、今住んでいる場所を離れるのであろう。住んでいる場所で生じる変化も変化という点では旅のようなものである。場所を移動し、時間を経過して、人は止まることはない。若い頃、育った家を出…

風景の形態

はじめに ユークリッド幾何学に接したのは、本格的には中学になってからであるが、長方形、三角形の面積の出し方などは小学校などでも教えられたのであろうか。算数が好きだったからか、その面白さに、難問の挑戦は楽しいものだった。それが古代に完成し、新…