2010-04-01から1ヶ月間の記事一覧

外界から印象づけられる事物の知覚構造(カント風に)

はじめに 日々の生活に生じる事物への印象は様々であるが、意識することに狭められか、意識していないが事物から喚起される印象かであり、行動している環境からすれば、一部にしか過ぎない。見ていないことが多いということと、人によって同じ環境で異なる印…

都市空間の場所に場面的な意味を見出す可能性

はじめに 「場所」は造園、環境心理学、その他の分野で問題とされている。風景は一つの知覚形式であり、近代社会の主体の意識に適合した形式であることを、かって論じたことがある。しかし、同時にその知覚形式が主体の位置する場所からの場面であることを追…

地方都市の近隣社会

はじめに 松本に住んで3年となり、近所の人とも少しは顔なじみとなった。町会の組長を1年間担当することになり、町会の総会に出席して、地域社会の組織と活動を知ることが出来た。戦後、イギリス人のドーア「都市の日本人」による日本(東京下町)の都市社…

庭の千草と山野草の悲しい物神性

はじめに 超訳「資本論」は身の回りの事象に多くの示唆を持つ。山近くに住む人の庭に、珍しい山野草が植えられている庭がある。一方で、どこかで買ってきた園芸種で彩り豊かな花壇の庭もある。花壇の庭はおばあさんが、山野草の庭はおじいさんのものである場…

山村生活の交換価値から使用価値へ

はじめに 資本論の全貌を早く分かりたいと、的場昭弘:超訳「資本論」を読みかけている。商品の価値は、交換価値にあり、交換価値の中に使用価値が含まれている。商品を購入して成立する消費生活は、生活における使用価値の実現といえる。消費に関わらない生…

野は緑

はじめに 土がむき出しの荒れ野が、いつのまにか緑に被われていることに突然に気づく。荒れ野ではなく、緑豊かな野原だったのかと、しかし、もう少し立つと農家の人々が、働き始めて、畑へと変身していくのだろう。広大な野原が農地へと変身する。そして、ま…

サクラの凝人化

はじめに 花咲く季節にサクラは単なる樹木ではなくなる。あまりに艶やか過ぎて春の精のようである。人々は浮かれ出て、花の香りに酔ってさまよい歩いているようである。花の咲く前は、ごつごつと黒ずんだ幹は決して美しくは無かったのに、花が咲くとその幹も…

イメージと記号の深い森から

はじめに 感動的な「カント」の著書、坂部恵:「カント」講談社学術文庫を見出した。その最後の言葉がこのブログの表題である。カントが追求した問題は、現代にこそ問題となっている。哲学的思考を音楽のように感じ取ること、を著者は期待し、レヴィ・ストロ…

シャーロック・ホームズの風景

はじめに 中学生の頃、シャーロック・ホームズが好きで、いくつかを読んでいるが、それは、推理方法の見事さであった。最近、動画から40巻が無料で見れることを楽しんでいるが、街路で、かがり火がたかれ、貧民が巷にあふれ、馬車の行き来があり、植民地で一…