自動車からの景観

はじめに
 狭い自動車は、シートベルトに縛られて座ったきりである。移動のために運転者は前方に目を配り、衝突しないこと、行く先への経路を信号で判断して見落とさないことに注意している。同乗者と話をし、音楽を楽しむこともできるが、道路の状況に油断することはできない。車外はこうした緊張した意識から風景を楽しむゆとりは余程、道路状況が良くなければ生じない。これに対して隣の添乗者は運転の緊張が無いだけゆとりがある。車内でくつろぐことも出来るし、車外の風景を楽しむこともできる。しかし、後部座席からの見通しは悪く、車外の風景を楽しむことはできない。
 以上は日常の経験であるので、ことさら言ううことでもなかったが、自動車からの景観調査に当たって、車内の立場と位置関係によって、車外の風景知覚に以上のような大きな差があり、同じ景観を通過しながら、3者は異なる風景を見ることになる。また、山腹を走る道路では、後部座席の両側で大きな差がある。4者が異なる風景を知覚することになる。これを考えて見ると、車内からの視線が方向と意識によって、車外の景観に対する対し方が相違していることである。後部座席の山側は、急傾斜の山腹道路では風景の知覚は困難である。
 ところで、自動車の車内は日常そのままが積み込まれ、居住室内空間の一部ともなっている。一方、遠く車を走らせると車外の風景は外部であり、車内と車外は異質で対立的である。車内は日常的内部空間でまた、閉鎖的である。車外は戸外で開放的空間であり、移動によって変化する。

車内の視点場と景観
 車内から車外への結びつきは、窓であり、行動的な結びつきは運転による移動の感覚である。窓は前後と左右に開かれているが、上述のごとく、その座席によって利用される窓は相違する。運転者は前後の窓に注目し、他の座席は前方に向かっているので、後方の窓は見られず、左右の窓も後部座席では座席の片側だけしか見られない。運転者の隣席は前方と左の窓から車外を見ることが出来る。自動車の走行による眺めは、前方の遠景が近づいてくるもので、遠方で注意したものに視点を合わせて近づき、瞬時に通り過ぎるので多くのものに、注目することができない。その結果、移動する車内からの風景は、全体的な眺めとともに、断片的な印象的眺めによって構成されると考えられる。前方の全体的眺めが得られず、左右片側の窓から通り過ぎる眺めは、断片的な印象と連続した景観(森林か開けた広い眺望)を見出すだけである。
 前席の運転者と隣席の視線の移動速度は自動車の移動速度と一致し、注目による視点の固定はこの移動速度を前方から後方に加速しなくてはならない。