動的景観―前方の知覚

はじめに
 子供の頃、汽車に乗るのはめったに無い楽しみだった。どこか、遠くに行けるということもあるが、汽車に乗っていること自体が楽しみといえた。労せずして進行し、汽車の速度によって眺めの変化が生じる。汽車の先頭の機関車で機関シ手が釜に石炭を放り込む姿は偉大であった。機関車が驀進し、前方に景色を突き抜けていくように見える姿をターナーが描いた時、それは近代の象徴的な風景として評価されている。子供にとっても機関手が眺める驀進する前方の眺めは憧れであった。しかし、客車の窓からは、景色が横に遷り変わり、まるで、映画館にいるように風景を楽しんでいて、それが遠方の変わらぬ景色と対比して見えた時、大地が回転するように見えることに気づいて、楽しい気分にさせられるのだった。一方で、間近に迫った景色はあわただしく通り過ぎて、はっきりと見ることができないので、煩わしいと思うのである。
 新幹線ができて、一週間ぐらいしてから乗ったことを覚えているが、その速度に乗客全体が、驚きを共感していることを覚えている。富士山の眺望は一層、雄大に見え、その雄大さを新幹線の窓から実感できるので、多くの乗客は窓に目を向けていた。しかし、年数がたち、誰も窓から外の姿に目を向けなくなったことを、今西錦司の書いた新聞のコラムに見出した。人々が日常化した新幹線に驚きを失ったことは確かだろうが、環境に関する感性の変化を指摘したかったのであろうか。窓の外で雄大な風景は流れ過ぎる、テレビの映像に過ぎなくなってしまっただろう。

前方の知覚
 自動車の窓から運転者は前方しか見えなくなる。遠くにあったものが、近づいてくると速度を速めるように通り過ぎる。前方の焦点から景色が放射されて近づいてくるのである。車は前進し、前方がその分、近づいてくる。速度の速めて前進すればするほど、前方から景観が放射されてくる。道路は乗り物の前進のために作られ、直線的に前方を見通す時、透視図法が構成された眺めとなる。街路の眺め自体が透視図法的効果で構成されるようになったのはルネッサンスになってからである。建築家のブルネッレスキーによって見出されたと言う。これは、近代に向かって変化していく激動の時代と関係し、人々をその激動に立ち向かうことを鼓舞したのであろうか。現代人は速度のある乗り物によって、この前進の知覚を日常化している。