原生林

 今から42、3年前の学生の時、夏のアルバイトに知床で40日ぐらい滞在したことがある。開拓の農家に雇い主と数人の学生が生活し、知床を縦断する林道の基点からの測量を行なう仕事であった。知床の海岸から見ると高い崖の上の台地から、尾根までつながる森林地域が見られ、その森林を通過させる林道が計画されていたのである。知床岬に至る森林地域に対する前線の開拓地が当時、放棄され、その空家を借りて宿舎としていた。そこから、台地上の林道計画路線の測量に毎日でかけていた。
 巨木の樹冠のもとに苔むした倒木が重なり、林床はえもいわれぬ変化が生まれ、沢近い明るい湿地には食虫植物が群生し、沢にはイワナが群がり、今はいない学友は魚釣りを担当していた。ヒグマの通った跡に恐怖を覚えながら測量の前線に通っていた。森林を抜けると海岸近い台地上はハイマツとなっていてきつい日差しに悩まされた。
 大学で、卒業間際の植物学の講義で担当の館脇操先生が学生に向かってお願いしたいことがあるといったのを覚えている。北海道の豊かな原生林はもう存在しないのだと諸君は卒業後金銭の蓄えの一部をわずかに残された原生林を自分のものとして残すようにしてもらいたいというものであった。後に知床の自然保護の展開にあったナショナル・トラストの方式を提示していたのであろう。
 信州に来て初めて南アルプスに登った時、本州にも原生林が残っていたことにはじめて気がついた。人が介在した森林は原生林とは言わず、天然林だといわれているので、天然林というべきであろうが、数百年の森林であるにはちがいない。樹齢において数百年の樹木が含まれるにしても、それ以前からの持続ではどうなのだろうか。森林更新の循環的永続は林床に生える高木の稚樹が、担っているのであろうか。ある年に北沢峠の下の東大平で大面積の風倒地が生じた。数百年の森林が一挙に喪失するのを目の当たりにした。林道開設の森林伐開も原因したかもしれないが、何十年に一回くるかこないかの強風であったことが原因であったのであろう。また、森林自体が老齢林となっていたことにもよるのであろう。広い範囲で見れば風倒地は限られた一部であった。森林生態学におけるギャップによる更新地と理解できたのである。高齢の天然林を持続させるためには、広い面積を保全していく必要があるといえる。
 大学院の講義で四手井先生が原生林保護の問題を取り上げていたことを思い出した。生態学会が10箇所の地域を原生林保護を要するものとする声明を出している。その内の一箇所が南アルプス北部にあったのである。まさにその原生林保護の地域に林道が開設が計画されていた。