原生林の回復 三百年の森林育成 続2

 富県地区の森林計画は地区内の森林全体を包含して構想されたが、各所に森林育成の実行が進むに応じた調整作業が必要となる。すなわち、技術、労働力、資金も含めた森林施業計画が必要となる。それに対応する長期的な森林経営計画の組織が必要である。行政、大学の森林計画の専門家に是非、この課題に取り組んでもらいたいのである。そのもとで速水林業の速水氏が主張していた林業の企業化の事業が組み込まれていけば、さらに、林業展開の可能性もあるかもしれない。しかし、林業の企業化が虫食い的に進行するならば森林育成の公的性格を損なうことになることが心配される。
 地区単位の森林計画が森林経営計画を成立させる可能性は、今のところ未知数である。しかし、いくつかの自治体では二百年、三百年、千年の森林構想を掲げており、伊那谷の企業家の中で森林の長期的育成に取り組むことを構想する人が現れている。しかし、その実現性は上記のように困難がある。地域から地区へまた市町村へ広域圏へと積み上げることが、必要ではないだろうか。地方都市の市街地部、郊外の農村地域、山林への連続、流域を通じて奥地の山村への連続、山林から山岳地域へと生活域は連続していると見ることができる。山岳地域に残る自然環境を含む森林計画が成立するならば、自然保護と林業経営とは両立する可能性がある。下流域は上流域に森林が保全されることによって、水源として利用できる恩恵がある。
 南アルプス奥地の山岳地域は国立公園に指定され、保護区域では数百年の自然循環のもとで天然林が持続している。亜高山帯針葉樹林の先駆樹種としてのカラマツ林の生育が見られるが、信州ではそのカラマツは早期育成樹種として拡大造林の主眼となった。アカマツが生育困難となる標高高くまで生育できるカラマツの植林地は広く広がった。そのカラマツの植林地が、木材価格の低廉さから放置されることが最も多い。特に、奥地開発とともに植林された区域では放置されたカラマツ林が広がっている。天然カラマツの更新の迅速さと次代の森林への転換は、原生林回復への大きな可能性ではないだろうか。過密による急速な衰退、森林の疎開による下層の更新はその可能性を示している。高齢のカラマツ林の生育のために疎開を促進し、広葉樹の更新を同時にはかること、これが放置された過密林分で自然に生じているとしたら、非常に期待される現象である。育林の専門家はカラマツ人工林の動態を明らかにする必要がある。
 皆伐跡地の広葉樹二次林の動向も、原生林回復から目を離すことができない。標高を下げてアカマツ林の動向も松枯れ病の蔓延とともに注目される。いずれも当面は高齢林化への持続をはかる必要がある。奥地の森林の多くが国有林である点で考えねばならない点が多い。南アルプスの北西の山岳地域とその山麓の長谷村の住民は戦後、国有林に就労する人、炭焼きを行なうなど多くの人々が森林に依存して生活してきた。しかし、国有林の資源は枯渇し、国有林で働く人々は減少し、村外へと流出した。炭焼きもエネルギー革命の訪れとともに年々縮小していった。炭焼きの行なわれた広葉樹林もカラマツの植林地に変わってしまった。ダム建設による水没農家もあり、過疎の山村として人口流出が続き、高齢化も進んだ。森林を育成しようにも労働力、技術者がいなくなった。広大な山林域で住民の育林活動は散発的に行なわれる可能性があるだけで、多くを放置したままにせざるを得ないだろう。放置したままで人工林や二次林はどのようになっていくのであろうか。何も手をつけないまま、仙流荘の正面の山腹には彩り鮮やかな紅葉が楽しめるようになった。
 地区単位に展開する森林計画への取り組みが増加し、面として連合した体制で広域化した取り組みができるなら、数百年の天然林に連結する壮大な広域森林計画が可能になるのだが、広域圏計画の中に盛り込まれ、実行される日を願望する。かって、国立公園の自然保護と林業が両立し、地域住民の生活が豊かになって、永続することを期待していたが、新たなダム開発などに住民は翻弄されてしまった。