風致と風景 水田空間

 農村景観を構成する要素として水田空間は大きな比重を占めている。日本の国土の隅々に農村が存在し、同時に多くの農村の景観特徴が水田空間によって構成されている。農村は集落単位で構成され、集落の土地利用の範囲ごとに住民が生活し、生産する有機的関係で組織づけられており、その土地利用の秩序と安定は集落の開拓当初からの長い歴史のもとで成立している。集落社会は個々の農家の集合体であり、生産基盤となる農地は個々の農家の所有地であり、水田空間は農家の所有地であり、労働の場である農地の集合した空間である。水田は稲の水耕栽培に特化された環境であり、自然的な条件を利用しながら、極めて人工的な環境といえる。稲自体が自然の原産地から伝播した栽培種であり、日本の温帯気候に適合する品種改良や栽培方法の改良が積み重ねられて栽培され、湿原状態を再現して生産が行なわれている。水を溜める水平な農地の区画、そこに水を供給し、排水する水利施設、その水を得るための貯水地、流域水源地の確保が系統づけられた壮大な人工施設といえる。自然条件は水田造成に都合の良い平坦に近く、水を導水できる相対的に標高の低い地形条件と水源流域である。水利施設の建設規模が集落単位から、地区、広域に拡大する事業の進展とともに、集落単位の自然条件を超えて水田の拡大が行なわれ、壮大な生産組織が形成されていった。水田空間は日本の農村景観で一般的な存在となったが、こうした歴史的過程の中に各地域の水田空間形成が地域特性として見出される。
 大規模な水利施設の建設は台地を潅漑し、新たな水田を生み出した。かっては桑畑であった台地は大規模な水田地域に変貌した。秋の稲刈りは終わり、刈り取られた稲穂の切り株が規則的に配置された農地、来年に備えて耕された畝の農地などの集合に、天空は地上に降り立って光を降り注いでいる。水田は広大であるほど、天空の広大さを見せる。谷を囲む山岳は広大な天空を支えている。水田に働く人の姿は見かけない。10月から来年の4月までは土を見せる農地の状態が持続する。5月には一面の水面が出現し、たちまち苗が植え込まれる。やがて稲が育ち、水面は緑の草原と変わって風になびく。稲穂は重くなり、首を垂れるようになると黄色に色づく草原な変わると収穫の季節となる。毎年、繰り返される季節による様相の変化である。水田の区画は大きく、苗の植え付け、稲の刈り取りは機械化されている。しかし、この水田を維持する労力は高齢化して、維持を困難にしつつある。