風致と風景 土地利用による景観形成

 景観は地表面の状態である点、土地利用によって構成されると考えられる。広範な土地利用の主体は、農業によるものであり、森林状態を除去した土地の表面と表土(土壌)が植物栽培に利用される。森林と農地の拮抗が農村地域の景観を構成していると考えられる。そこで、この農村地域の景観は、農業の動向によって変化する。
 ブレンダ・コルビンの「土地とランドスケープ」は、イギリスの農村景観の改変を通じて「風景計画」が成立してきたことを指摘している。イギリス風景式庭園は貴族の邸宅を飾る庭園が、絵画的な風景を邸宅周囲の庭園から農園にまで広げることによって成立し、さらに、農園の風景的改良にまで展開した。また、それより以前に森林の枯渇が問題とされ、樹木育成の運動が展開してきたことにも風景改良が結びついた。庭園の新たな様式は、近代的な農業方式にも連結しており、農業改良と風景改良が結びついて、農地景観に広げられた。また、近代における都市の展開に伴って、都市施設としての公園が必要となり、風景式庭園を公園に転換ことが必要となった。アメリカにおける都市公園の建設は、風景式庭園の技法を都市公園に適用することを媒介として、都市景観の形成に波及した。この創始者がオルムステッドであり、近代造園学の元祖となった。これらのことは既に何人もの人々によって記述されたことである。
 また、赤坂はドイツの国土美化運動の歴史を研究し、イギリスの庭園、農業のドイツにおける影響を指摘している。一方、ドイツ領邦国家と諸都市において森林を林業経営に転換させることが行われ、その後の近代化を通じて休養利用の要求に林業経営が対応していったことがうかがえる。これらのことが、さらに自然保護の展開を包含して、地域的な景観計画の展開の基礎が形成されたと考える。
 景観形成は、森林で被覆された地表(自然環境)を土地利用のために開発し、森林と土地利用とが拮抗する農村景観を成立させ、残された森林をさらに利用することによって改変していったことによるといえる。近代において土地利用は近代的な農業経営が普及し、森林の利用は林業経営のもとに置かれるようになり、近代都市住民の社会的な要求は農村景観や森林環境の休養利用を生み出した。近代の景観形成が、現代の未開発な自然環境の自然保護、農村景観の風景計画、林業経営に付与する休養利用のための風致計画に展開しているといえる。