場所と場面の構造 地方都市の居住環境

 現在、地方小都市の居住環境は、深刻である。広域合併により、過疎山村まで含む都市域が形成され、市街地の空洞化、郊外の乱開発、農村地域の衰退、そして、衰退する山村地域までが含まれるようになった。今後、10年で予想される人口減少と高齢化の進行によって、一層、これらの問題が危急性をもってくるであろう。伊那市の住生活基本計画の検討に加わり、この基本計画の重要性を再認識している。しかし、住民の住環境を改善する経済力、行政の誘導する経済力には限界があり、基本計画に向けた実現の範囲も限界がある。一方、広域化した自治体として、地域全体のバランスを考えた政策の実行、広大な区域と自然資源の豊富さにおいては、大きな可能性を持っているのである。われわれはこうした現状に直面して、いかなるヴィジョンを持ちうるのであろうか?
 住生活基本計画はそれぞれの区域の住環境を確保し、各地区の居住生活の安定を目指すものと考えられる点から、各地区の計画とそれらの地区計画を統合するヴィジョンの設定が求められるであろう。居住環境の安定のための一般原則として、安全でやさしい住まい、ライフスタイルへの対応、環境への配慮、住宅需要への供給、地域への調和の5点が計画検討に際して設定されている。この住生活基本計画の策定は、平成18年度に定められた住生活基本法に基づくものであり、国による全国計画として、平成18年度から平成27年度まどの住生活基本計画が提示されている。さらに、全国計画に基づき、長野県住生活基本計画が策定されている。伊那市の検討案の原則は、この長野県の案と全く同一である。こうした国、県の施策は、従来の住宅供給を主眼とした住宅政策である住宅建設計画法による「量」の確保からの転換によるものである。しかし、「質」の確保への転換とは言い切れない段階であることを、国の住生活基本計画に表明している。すなわち、「公平かつ的確な住宅セーフティネットの確保をはかりつつ、健全な住宅市場を整備するとともに、国民の住生活の「質」の確保を図る政策への本格的な転換を図る道すじが示された。」としている。
 伊那市では、平成11年度に「住宅マスタープラン」が作られているが、住宅建設計画法に基づくものであろう。まだ広域合併以前であるので、山村地域は含まれていないが、地域別施策の展開方向が示されている。住環境を市街地として、各地区への分散化をはかり、郊外化の誘導によって、農村地域との均衡をはかるものと考えられる。市街地は①都市型住宅、②一般住宅、③住環境整備 ④環境保全住宅、⑤田園型住宅の5類型に分類され、各地区の性格に即して配置されている。今回の検討で、これらの類型の現状が浮き彫りとなろうとしている。今回は、地区の課題に即した立場から、住環境の効果的な計画を設定すべきであろう。
 ①都市型住宅の類型は、中心市街地に存在する。人口が減少し、空洞化が進む地域であり、かって賑わった商店街は、老朽化し、開店している商店は疎らである。空き地が増大し、駐車場とされる所も目立つ。後背地に住宅地が形成されているが、段丘崖の地形的制約により、限られた区域に展開している。近接住宅地が、商店街を支える消費としては及ばない状態である。地区のヴィジョンとして、空地化を活かして、広場、緑地などの都市空間の整備を行い、集合住宅を建設して住民の増加をはかり、商店街の利用を復活させることが、考えられる。こうしたヴィジョンによる都市整備は部分的には進行しているといえる。
 ⑤田園型住宅の類型は、近郊農村地域に存在する。農村地域の人口減少し、小学校の児童数の減少が問題とされた。従来の集落住民の流出と高齢化が減少の原因となっている。農村地域としての農地の持続も問題となり、遊休地が増大している。しかし、近年、農地転用による宅地化が散在して見られるようになった。近郊の低廉な地価から流入する住民の増加の可能性が生まれている。こうした新住民が、農村環境を住環境として活かし、旧住民との交流を深めて、新旧の混住状態の調和をはかる必要がある。地区のヴィジョンとして農村環境を活かした住宅開発と新旧の住民交流によって、活性化をはかり、農業の持続に展開することが、上げられるであろう。
 新たな広域合併によって、山村地域が加わったが、そこには通勤困難なために人口が減少し、さらに高齢化で減少する地区が存在する。少数の散在する集落では居住限界として、廃村となった地区もある。空家の増大も顕著となっているが、流入する新住民も見られる。ヴィジョンとすれば、現在の住民の生活の持続を基本として、空家を利用して新住民の流入をはかり、人口維持を行う。新住民が旧住民の山村生活スタイルに融和するように、住民活動への参加を積極的に進める。自然環境の最大限の利用により、自然循環型の山村生活の独自性を継承し、展開させる。
 山村域まで含む地方都市の住民生活は、多様な生活様式を展開しながら、環境、農産物、文化などの地区間住民交流を図っていける。自然環境と空間的なゆとりは、今後の魅力的な居住環境として展開する可能性があるといえる。人口減少を、空間的ゆとりと地域更新、新住民導入の可能性を広げるものとして、ヴィジョンの設定を行うべきであろう。