森林風致 森林美

 森林を最初に美を感じたのは、北海道の落葉樹林を秋に歩いた時であった。様々な樹種の葉が重なり合って、光を透過させて、林内は暖かな光に包まれ、その中にいることに幸せを感じた。しかし、そうした体験はもっと幼い頃、山のアカマツの幼樹の初夏の芽吹きの匂いに包まれた時にもあったようである。同じ頃のサカキの花の匂いは良いとはいえないが、季節の匂いとして惹き付けられた。また、山に遊び、小さな沢の木の下が様々なコケが重なりあって小世界を作り出している姿にも惹き付けられたことがある。森林に惹きつけられる体験を、森林が美であるといって良いのかはわからないが、強く印象付けられていることは確かである。風に煌めく樹木の葉に惹きつけられても、シラカバ林には魅力を感じなかったのは、何故だろう。南の島に旅したとき、樹木の板根に茂った樹冠を支える偉大さを印象づけられたのは何故だろう。
 長野県で明治百年記念事業として美ヶ原県民の森が作られたが、その計画に関係していたことがある。県有林で三城牧場が休養地として利用され、美ヶ原台上への登山路があったことが、場所選定の理由であった。森林はかっての炭焼きが行われた跡があり、沢や岩地にはイチイやモミなどを残す天然林の名残がある他は、一面のカラマツの人工林であった。魅力を感じる要素といえば、隣接した牧場の草地がレンゲツツジの潅木と樹林に連続していることであった。しかし、カラマツ林の成長と下刈によって、レンゲツツジなどの潅木はみじめな藪となっていた。沢の広葉樹とモミが残る場所も、カラマツ林にツルが被さる藪となっていた。
 このカラマツの若齢人工林に、人をひきつける魅力を持ちうるのかが課題となった。北原白秋の「カラマツの詩」からは風の中に立つカラマツの様子が謡われている。風に応えるのは、枝であり、枝が伸びるのは疎林でなくてはならない。しかも、森林であるためにはあまり、疎林となっては困る。そんな、詩に謡われようなカラマツ林を思い描いてみた。円錐形の針葉樹の樹形、落葉することによって幹と枝の骨格を見せるカラマツ、その骨格から春の芽吹きの新緑、夏の緑、秋の黄葉の変化を生みだす。そのカラマツの個性が際立ち、自然の変化と成長が生まれる配置は、整列した人工林にどのような手を加えたら実現するのであろうかと考えた。林外と林内の視点からも配慮しなくてはならない。
 歩道を開けなくては森に入れない。歩道は地形に沿って、木々の間を縫って進む、その歩道から林内の林立したカラマツと林床が知覚される。歩きやすく、森林が楽しめる道が必要である。沢による谷の出口を、歩道の入口として藪を開いて、見通しを開き、見通しの主眼を構成する樹木を決め、その木の樹形が見られるように周囲の木を伐採し、また、群としての景色が構成されるように、前後の配置、高低の変化を持った樹群の配置を浮き彫りのする。歩道とその周囲の視線方向の視野とその視野を周囲に見渡して、場所ごとの景色を整える。およそ、路線約10mごとの場所の眺めから環境を整えていく。目標のカラマツ林のイメージから地点の現場ごとの条件に適合させて、手入れの結果は各所で相違した。林床の草本類、潅木の育成のための藪の剪定、低木層の間引き、枯れた下枝の除去、そして間伐によって樹冠の空隙を開き、林内に光線を導きいれる。過密に閉鎖し、藪に覆われていた林床の森林は、自然の変化で疎となり、林床の藪も淘汰されて、程よい低木層となったであろう。手入れはこの自然の変化を早期に実現させ、また、変化を美的な構成に誘導する効果があるといえる。
 森林美とは、イメージの実現であるとともに、森林に内在している自然の美の発現が合わさったものということができるだろう。その点で中村のヘーゲルを引用した自然美の理論が芸術美と自然美を対比しているのとは相違しているようである。森林美の実現は、人工林の改変において問題としたが、これが自然林であれば、自然美に人工が介在することはない点で、芸術美との対比が成立しうるかもしれない。