場所と場面の構造 田園空間の生物多様性

 快適で永続的な居住環境が田園空間を再生、利用することによって実現できる可能性があるという科研を行って3年目となる。その最終年に報告書を提出することになっている。いくつかの専門分野による共同研究としているが、共同研究の困難さに直面している。農学部の専門は応用研究である点で多くが、境界領域にあるといえる。しかし、専門性の点では基礎科学に依拠している。科研の表題として田園空間を上げているが、田園空間が生物の生息環境であるという側面から、生物学、生態学を基礎とする専門分野も共同している。この専門分野で生物多様性を維持することを目的とした研究課題が出されてくる。地球環境から問題となってきた課題であり、環境庁が国家戦略と銘打って打ち出した政策である。
 それを田園空間によっていかに担いうるか、ということを問題とするのであろうか。以前の田園空間は、生物が豊富であったことは確かである。現在は過去からいかに減少したかとなり、過去の状態に再生するためにはどうすればよいのか、とつながるのであろうか。また、居住環境の快適性に田園空間の生物多様性がどのように結びつくのであろうか。田園空間の生物空間を再生させて、子供の自然観察や遊びに利用しようとする活動が存在している。こうした活動に依拠して子供の生活環境に生物多様性が接点を持つのであろうか。
 田園空間を維持し、変化させてきた主要な要因は、農業の動向である。農業の担い手である農家の状況、農産物の需給と国際経済の関係が内的、外的な条件として、農業の動向を導いている。農業の動向が衰退に向かっている点で、政策的な対処が必要となってくる。グリーンツーリズムへの資金投入もそうした政策と言えたが、衰退への抜本的な政策ではなかったであろう。
 近年進められている政策に集落営農組合による農地の団地化がある。私が関係している富県区でも、5地区に団地化が成立したそうである。富県区全体で遊休農地の拡大に歯止めがかかるものとして、安心しているようである。しかし、農家の農業離れを是認していくものではないかと考える。農村に住む住民が、農業に関わらず、農地は機械化や、経営的に成立する作物を選択し、大規模化して行われるのであろうか。きめ細かな農業の持続は困難となるのであろうか。
 また、農地・水・環境保全向上対策事業が取り入れられ、農村環境管理の活動を行う団体が支援を受けている。伊那市では平成19年度より9団体が支援を受け、20年度は2団体が増える予定である。その内、富県区の2団体の2地区が支援交付金を受けている。支援交付金は農地の水田・畑地面積を基準に算出され、国、県、市が拠出して、活動団体の地区住民は、道路、水路などの清掃や、自然育成の労賃、連絡紙の発行などに使用できることになっている。富県区の1団体の活動では、自然育成に溜池周囲の自然林回復や水路のホタル育成などに取り組もうとしている。これらの事業も継続しなければ、かえって公的支援が途絶えた時に無償の地域住民の環境管理活動の継続が危ぶまれるのではないだろうか。
 農地の持続と農村環境管理には、農村住民に向けて、以上のような政策、事業の展開を見ることができるのだが、ここに生物多様性との接点は見出せるのであろうか。農地の遊休地増大に伴って、原野となり、森林化が進む点で、自然回復を見ることができるかもしれないが、以前のきめ細かい農業のもとにあった生物多様性とは、相違している。その遊休地化を防止するために取られた圃場整備は生物多様性の環境を減退させるものであった。さらに、団地化による効率的な農地の持続は、生物多様性の環境回復に役立つものとは考えられない。農地環境管理の活動に関する支援は、管理活動を補う目的を持っているが、農地は対象ではなく、住民が選択する自然育成活動も、特定な場所や生物種が対象となり、生物多様性の回復をめざすものとはいえない。
 田園空間が生物多様性を失ってきた現実に、生物多様性の研究がどのような意味をもつのであろうか。地球環境における生物多様性危機の一端が、田園空間の現実に示されていることは分かるであろう。居住環境にとって、自然環境は快適性の条件となっているが、田園空間の生物多様性の現状が、以前の快適性を減退させているかの証明は得られていない。田園空間の生物環境の回復と自然体験の活動は、その一端を示すのかもしれない。しかし、広大な田園空間全体に生物環境回復の可能性は少ない。以前のきめ細かな農業の回復を、自然食品の需要増大と結びつけて、循環的な農業構造を構想する必要があるのであろうか。