森林風致 樹冠の中

 近くの山々の山肌は様々な樹木の樹冠で覆われている。針葉樹と広葉樹は形と色でコントラストがあり、カラマツは針葉樹であるが、広葉樹と形でコントラストがある。アカマツは針葉樹の中で円錐形ではなく、枝が水平に伸び、緑濃い群葉が上に向かっている。広葉樹も枝の角度、分枝の仕方が異なって、樹種によって異なる樹冠を見せている。同じ樹種が群をなし、また、様々な樹種が混在して、山肌の樹冠の組み合わせは面白い。広葉樹とカラマツは、落葉のまま幹と枝の骨格を見せていて樹冠は枝や梢が入り組んで複雑な形を示している。
 裸の木々の硬い木の骨格は、今は日々、生命の彩りを回復していくようである。木々の樹冠は見えないようなかすかな芽のふくらみが、樹冠全体を柔らかく包み込むかのようである。日々少しづつ、その柔らかさをしっとりとした潤いに換えて緑の芽吹きに備えている。針葉樹も寒さで色あせた茶色の樹冠が深い緑に刻々と変じていき、広葉樹の柔らかな樹冠の間に一層鮮やかな円錐形の群を際立たせてくる。樹冠によって木の骨格は隠され、やがて、緑の球形と円錐の凹凸に覆われるようになるだろう。
 春に向かって群立し、変貌する樹冠の中はどうなっているのだろう。小鳥が枝枝の間を飛び交っているのだろうか。風によって枝が揺れ動き、互いに譲り合っているのだろうか。幹によって持ち上げられた樹冠によって、山腹はその高さを増して、地形の凹凸を柔らかく包み込んでいるのであろう。樹冠は陽光によって輝き、光の交叉する空間を生み出しているのであろうか。その樹冠の下は幹の林立する柱廊の林内空間が生まれ、樹冠の光の空間を透過した静穏な光が林内を満たしているだろう。また、その林床は潅木類に覆われているのか、滑らかな緑のコケにおおわれているのであろうか。厳しい外部の環境から樹冠によって守られた林内の空間は、緩和された環境が静かな時を経て、様々な動植物の舞台を生み出しているのであろうか。
 沢のせせらぎ、水辺に潤いを増した草木が群生し、尾根に当たる山腹は突出し、岩をむきだしにし乾燥した土壌に潅木が生育するのであろうか。鹿や猿たちがそこで自由に過ごしているのであろうか。広大な山腹の樹林と樹冠、その内部には別世界があることを空想させられるのである。昨年の今頃、下西条の鈴木さんが、福寿草の花咲く場所に案内してくれた。その場所は、沢から遡って、尾根近い場所まで登って、やっと達することができた。広葉樹が株立ち、黒い石が積み重なる斜面に、石の地際に福寿草が花を咲かせていた。こんな不思議な世界を鈴木さんはよく見つけたものであった。もっと不思議な世界が樹冠の中には各所に隠されているのであろうか。