森林風致 林内の視覚構造

 視覚は、外界を目を通じて全て脳内に映し出しているという、しかし、意識される対象はその外界像の一部に注意が向けられた時に生じる。注視対象とその背景との関係が生じるわけである。一方、背景もまた視覚を構成する一部である点で全く意識されないわけではなく、注意の対象が背景の移行することも起こる。こうした全体像と注視対象との関係によって視覚が成立しているということである。注意されるものが、鮮明に見え、視覚の位置、何かということが判断されるのに対して、背景は不鮮明で様々な事物の混在した状態である。注意は視線として対象に向けられ、視野の中心で鮮明に知覚され、視野全体が中心の事物の背景を構成する。丁度、焦点を対象に合わせたカメラのようである。外界を知覚するのは、行動のために必要であると考えると、場所の状態を全体に知覚し、その中に行動に必要な情報を得るために注意が向けられた事物を中心とした視野の構成と見ることができる。
 単純な要素で構成された場所では、全体視野も単純で注意される対象も限られる。こうした場所では、しばらくすると全体視野に注意を向ける事物は無くなり、外界を意識しなくなり、注意が喚起されるのは断続的といってもよいのではないだろうか。例えば、部屋の中で過ごしている時にはどうだろうか。全体視野から、全く注意も生まれないような視覚的刺激のない状態には、自己の位置関係を見失い、異常な心理となることが言われている。(雲の中の飛行機の操縦士の知覚)外界に対する視覚的な手がかりを、無意識にも必要とするのであろう。
 林内は単純な要素で構成されてはいないが、あまりに複雑であり、外界の手がかりがあまりに多様なので、多くのものに注意がいき、まとまった外界の認識を得るのは、一瞬では無理である。全体視野と多様な事物への注意が行き来して、林内を認識しようとするのではないだろうか。林内を複雑にし、混乱した外界として、認識を妨げる原因は、環境を不安定にする様々な変化がある。変化の諸相への体験を蓄積して、その変化の中に高次の循環や統一を見出すことは、林内の知覚を新たにするものだろう。
 林内の全体視野には幹の林立と林冠が下枝から支えられた、森林構造が知覚される。幹の林立は透過した奥行きの空間を構成する。林冠の閉鎖と樹高成長とともに下枝が上昇し、空間の垂直方向に高さが増大する。空間を構成する個々の樹木は幹と樹冠であり、林内空間を構成する部分であるに過ぎない。
 単木の樹形として側方からの眺めは、45度の視角で離れて見るには樹高分だけの距離を隔てる必要があるが、20mの樹高の木に対して前面に妨げられずに直接、樹形全体が見えるには、同じだけの距離を隔てる必要がある。この場合の密度は25本/haであり、非常に疎な森林である。前面に一列分の林木を隔てて見える状態でも100本/haである。このような密度は樹冠が直径10mに及ぶことになり、高齢、巨木の森林となるから、樹高も30mにもなるであろう。そうなると視角はより急になり、見上げる高さとなってしまう。樹形の全体は見えない状態である。林内で樹形を見せることはなかなか無い状態である。林縁、あるいは、樹高分の直径持つ、ギャップとなる開放地が必要となる。