造園学の発展

 近代造園学はアメリカにおけるオルムステッドに始まるとされる。ランドスケープガーデニングからランドスケープ・アーキテクチュアを確立させた。大学での教育、研究も行われ、職業分野として確立した。このアメリカの「ランドスケープ・アーキテクチュア」は、第二次世界大戦前後から革新が行われ、近代造園学として戦後の展開となって、今日に到っている。これは、欧米の造園学に共通の問題であったのであろうか。また、現代の造園学を特徴付ける要因となっているのであろうか。
 日本において、明治末から大正、昭和初期が、近代的な造園学の移入期であり、田村によって総合的な造園学の体系構築が試みられた。戦後、世界的な潮流に乗る近代造園学の移入が試みられた。(例えば「造園技術」)また、社会的に造園分野の必要は拡大した。(住宅庭園、都市公園、緑地問題、自然休養要求、歴史的風土保全、都市環境の防災機能、自然公園、自然保護、風景計画、森林風致、景観保全など)しかし、これらは逆に造園学とは何かと混迷を深める結果となった。
これに加えて、その後の欧米造園学の散発的な導入が、この混乱に拍車をかけたのではないだろうか。(例えば、ケヴィン・リンチの多くの著作が翻訳されたがその影響は不明確なままであり、その他多くの造園関係の翻訳が行われた。)また、海外で学び、日本に帰って造園計画の展開を図っている人々も見られるが、造園学の進展をどの部分で革新したのであろうか。知りたいものである。
 造園学に大きな魅力を感じてきた。造園学を理解しようとしたが、それを示す考えは、日本で聞いていない。欧米の造園学の進展を理解することは必要であろうが、日本で起こっている造園の活動に加わって、その進展の一端を担うことが、課題であった。そうした視点で造園学とは何かを考察していこうと考える。