森林美学の背景(1)

はじめに
 フォン・ザリッシュの「森林美学」第一版が1891年に出されているが、森林の美を明らかにしようとした著者の教養の土台は何であったのであろう。先人の林学者ハルティッヒなどから学んだことが著書の中に上げられ、著者自身が森林管理の実務に従事し、林学者として論文を出している点では、林学が基礎となっていることは当然である。一方、森林美の論証、追求には広い著者の教養が大きな役割を果たしており、著書の中に文学、美学、心理学の知識が散見される。とくに、美学はヘーゲルの芸術中心に対して、自然美に注目し、独自の森林美学を追求しようとした著者の意図が感じられる。一方、当時の時代的状況と関連しての教養であり、そこに、著者の限界もあったことは確かであろう。19世紀末から20世紀の初頭へと「森林美学」は版を重ね、影響を与えたが、著者の生きた時代の豊富に得られた教養を土台としていたといえる。

文学からの背景
 ルカーチ:ドイツ文学小史によるのであるが、啓蒙主義、古典主義、ロマン主義、芸術時代、自然主義を主題とするの時代的変遷が取り上げられている。啓蒙主義の時期ののレッシング、古典主義の時期のシラーの名前が森林美学の著書のなかに見られる点で、フォン・ザリッシュは文学の造詣をその著書の思索に生かしていることがわかる。
 著書の出版された1890年前後に時期的転換があったとされ、それが、ドイツ帝国主義の成立と関係していることをルカーチは指摘している。それは自然主義を主題とする時期であった。しかし、この時期の作家、詩人の引用は見出せない。

美学からの背景
 エチエンヌ・スリヨ:美学入門によれば、美学の起源にプラトンに始まり、中世にも問題とされれるが、近世にルネッサンス、古典主義、バロックを経て、バウムガルテンに大成され、ロマン主義の美と崇高の論議から、カントによって体系づけられ、さらに、シェリングヘーゲル、ショペンハウアーへと展開する流れを示している。
 森林美学には、ロマン主義の議論における崇高と関連するピクチュアレスクを主導したギルピンが影響していることが指摘されており、ヘーゲルの美学は批判されている。美学上のロマン主義はドイツ文学史上のロマン主義とは時期的に相違している。

心理学からの背景
 心理学は哲学とくに美学の基礎として、哲学的心理学としても論じられてきたが、心理学が哲学の判断の根拠ともされているといえる。森林美学に引用されたフェヒナー(1801-1887)は実験心理学の開拓者と位置づけられており、ブント(1832-1920)が実験心理学の分野を確立した。ザリッシュと同時代ではあるが、ブントの心理学は取り上げられてはいない。