クヌギ林

はじめに
 松本の斜面樹林には、ニセアカシアとともにクヌギが多いようである。クヌギはすらりと背が高く、枝は天空に向かってほうき状の樹形となっている。幹は濃い灰色で、網の目の樹皮である。葉はクリの葉のように船形で、実は突起のある厚い皮で覆われ、丸く大きなどんぐりをくるんでいる。群となった木立は高く、荘重とまではいかないが、山腹をしっかりと包んだ存在感がある。秋に樹下に落ちた大量のどんぐりは森の豊かさを感じさせる。しかし、クヌギ林が広大に広がった場所は見出せず、斜面などに散在している。一方、コナラなどの他のどんぐりの木は見かけないので、松本ではクヌギ林を特徴のように感じてしまう。 

 伊那ではクヌギ林はわずかで、斜面樹林にはコナラが多かった。飯田ではアベマキが主であるという。駒ヶ根池山では山麓はコナラ、標高を上げたところにはミズナラが多く見られる。霧が峰はカシワ林が見られる。


薪炭
 クヌギ林は武蔵野の薪炭林を構成していたのであろうか。明治になって東京が発展し始めると共に、近郊地域は都市に供給する農業地域として発展したと言われ、武蔵野風景は近郊の畑作地域と畑作に結合した薪炭林が結びついた風景であることを、国木田独歩の随筆からうかがう事ができる。横浜にわずかに残る炭焼きを見にいったことがあるが、クヌギ林であった。
 今月の森林技術に鈴木氏による「日本における台伐り萌芽の系譜」が論じられており、ヨーロッパにも広く見られることを記している。林業でいえば、中林作業といわれる形態であろう。萌芽更新も高い位置からの萌芽を「あがりこ」というのであろうか。薪炭だけに限らず、桑や台杉などにも萌芽更新を利用していることを指摘し、広範な森林更新法であったのだろう。中国でプラタナスの街路樹で萌芽樹形を見かけたが、結構、街路樹にも適用されている。
 日野市に勤めた卒業生が、斜面樹林の薪炭林を維持するために、炭焼きを市の事業として行い、薪炭林を維持する市民ボランティアを担当していたことがあり、見学に出向いたことがある。皆伐したクヌギ林の区画は、切株から数十本の萌芽が見られたが、明るくなった林床から一斉に草本や潅木が繁茂し、萌芽を被圧する状態であった。聞くところ草刈は年2回行う必要があり、萌芽の間引きも必要となる。その労力は大変で、皆伐面積を増やしてはボランティア作業に対応できないとのことであった。皆伐更新をしないクヌギはそのまま成長して大木となって、薪炭林の状態から、広葉樹林の状態に移行している。ただ、伐採したまま放置すれば、萌芽の間引きがされずに競争によって衰退し、ミズキ、アズマネザサなどの侵入で、クヌギが衰退する状態は、横浜に見に行った時に顕著に見られた。
 かって、存在した薪炭利用は、石油エネルギーへの転換とともに見られなくなり、薪炭林は放置され、自然の成長や競争に任されることになった。しかし、現在、石油エネルギーの枯渇と自然エネルギーの利用が取り上げられる中で、森林の利用が脚光を浴びている。萌芽更新による薪炭林の形態は今後、重要な課題として取り上げられなくてはならないのではないだろうか。

萌芽更新