松之山 キョロロ館の展開

はじめに
 松之山キョロロ館は十日町市への合併以前に松之山町が地域の起死回生をかけた事業として建設した施設と考えられる。それを博物館としての体制を整えていく上で、研究員として勤めた若い研究者の役割が大きかったといえる。その研究者をまとめて地域博物館の体制を展開していこうとしている人が永野さんといえる。先日、うかがってその展開の様子ををお聞きした。
 地域博物館というのは当たるかどうかわからないが、地域自体が博物館であるという考えはこれまで、エコミュージアムなどの事業の展開が見出せる。しかし、こうした事業は持続的な展開をどのように見出せるだろうか。キョロロ館の展開は目覚しいが、地域自体が博物館として展開する上で問題点があり、それを克服していく必要を感じた。しかし、これも永野さんの構想の中に含まれいるようであり、今後の展開が待たれるのである。

外来者の景観の理解
 ダイジンガープロジェクトは地域の大事なものを探し集めて、それを世界に自慢するためのプロジェクトとして現在キョロロ館でとり組まれている。グーグルアースに住民からの情報が日々書き込まれ、その情報が項目に整理されて、誰にとっても利用できる情報として見ることができるようになっている。また、これとは別に松之山里山案内人ガイドの組織が作られ、地域内外の人々に様々な得意分野で地域のガイドが現在はキョロロ館を中心に行われるようになっているそうである。
 温泉に来る宿泊客、美人林の観光客には、観光ポイントだけで帰る人々が多いだろうが、そのような人々は松之山を通過し、限られた場所にだけ目を留めることに終わってしまう。景観の地域的広がり、その景観を生み出している地域住民の自然環境と生活との関係は、分からないままである。
 住民による松之山里山案内人ガイドは、温泉旅館の宿泊客の要望に応えるものとして役立っているとのことである。地域の景観を作り出している住民が外来者に景観を生み出している地域の自然環境と生活との関係を説明し、理解を深めさせる。そこにキョロロ館の研究者もガイドとなって住民の経験を研究に基づく知識として説明を行うことで、外来者の景観への理解は深められると考えられる。

住民の地域景観の再認識
 住民の中から、地域景観の得意分野をもって説明できる人が出て、ブナ林や棚田の自然、生物、歴史、民俗などの知識を外来者に披露するには、住民生活が地域の自然環境とどのように結びついているかを経験し、理解し、豊富な知識を持っているからであろう。
 しかし、地域の景観を生み出した住民生活は、変貌し、自然環境との乖離が大きくなっている。住民の知識は地域環境の現状ではなく、自分が小さな頃に体験した環境であったのではないだろうか。地域の景観に有機的な関係が成立していたのは、自然環境を基盤とする自給的な生活によって、自然の循環と一体となった生活が成立していたことが原因であったのであろう。それは、時代変化のなかで全国いたるところで、消失した農村の姿であり、原風景としてしか想像できなくなった景観であろう。そうした原風景のイメージに重なる農村として日本の里百選に松代が選ばれたのであろう。