デカンショ

はじめに
 デカンショ節を御存知の方は多いだろう。私も学生時代に歌っていた。しかし、それが哲学者の名前に由来していたことは分かっていたのであるが、哲学史の上でどのような役割を担っていたのかは理解していなかった。戦前の学生は哲学書に親しんでいたことをすごいことだと感心していた。学生となれば哲学に親しむのは当然のことと思ったいたが、わずか数冊の本で、半年暮らす生活の困難さを感じ、資本論を読むにも3〜4年かかるという言葉に安心したが、未だに入口の数十ページまでである。青年は老いて学は未だならず、を嘆くばかりである。人間たるもの自分の生きる根拠を理解しなずにはおれないと、哲学の入口をうろうろしている。哲学者と競うことなど及びもつかないが、生きていることに根拠を少しでも見出して、死んで行きたいだけなのである。
 ところで、デカルト、カントまでのつながりが分かる。中世の神学から脱却した世界観を獲得するための探究であったのであろう。私もカトリック系の学校で、カトリックの教理に触れるとともに、その教理が信ずるに足るものであるかと対自することが迫られた。それに答え得る哲学者の熱情と努力に大きな恩恵を得ている。しかし、デカルト、カントに続くショペンハワーには未だに触れるところがない。カントに続いたのはヘーゲルだったのに、何故、戦前の学生はショペンハワーにまで飛び越えた歌を歌ったのであろうか。

哲学者の現実
 哲学者が哲学に専念できたのは、哲学が観念に留まっている限りであったのではないだろうか。ヘーゲルの観念から現実への弁証法の提示から、哲学者は存在しえなくなったのではないか、何故なら、ヘーゲルの哲学を現実の土台に逆転した弁証法によって科学とされ、唯物論へとマルクスが到達させたから、これは私の独断である。マルクスは哲学者ではありえず、経済学者、社会学者としての業績が「資本論」として評価される。また、現実を理想へと変革する社会運動家として、社会に寄与したことは誰もが認めることである。社会変革のための思想の形成に、基本的な哲学の認識は不可欠であろうが、社会に背を向けた自己逃避や自己正当化のための思考は、哲学的思考を深めることはあるだろうが、それは思考の混迷を深めるか、弁証法を停止させた観念が現実を支配するだけの断絶した、現実を超越した考えにいたるのではないか。
 ヘーゲルからマルクスを、飛び越えてショペンハワーに到った戦前の学生の哲学への志向は、逃避的であったかと言える論拠はない。哲学を重視していたことを示しているだけだと考えてよいのだろう。牧歌的な焚き火を廻って歌われた歌はなつかしい。しかし、哲学者への道は困難で、哲学者を論ずる哲学の学者はいるのだろうが、現実の哲学者は存在し得ないのではないか。大いなる疑問である。

大いなる過ち、いや
 デカンショ節は実は丹波篠山のでっかんしょ節であったようです。戦前の学生の哲学的生活から出たものでなかったことは、さびしい限りです。いや、しかし、学生歌しては正しかったようで一安心、このブログも残すことにします。