雲水

はじめに
 姉夫婦と九州に旅立とうと電車に乗り、足の悪い兄に姉が客に座席を詰めるように頼もうとしたとき、ドアのそばのお坊さんが振り返って、乗客に席を詰めるように声をかけてくれた。2人の乗客がそれに応じて立ち上がり、兄と姉の席を空けてくれた。
 お坊さんは背中を向けて私の前に立っていたので、その様子が目に入ってきた。それは旅姿の僧で、胸に喜捨を仰ぐ布袋を下げていたが、それを提げている帯は色あせてみえた。

雲水の生活
 旅行く僧を雲水という。いかにも不確かな存在を示す名前である。雲水は数珠を手に珠をひとつずつ手で繰り出して、念仏に黙祷し、電車の中の現実を超越して、柔和にくつろいでいるようであった。色あせた布袋の帯に比べて、紺色の羽織に暖かく身を包んで見えたが、その羽織の縫い目は白糸で粗く縫われてつながっているであった。喜捨の袋以外、何の荷物もない旅姿は、旅の先々で洗濯し、つくろってほころびを直す姿を想像させた。そった髪も刈り跡から少し伸び始め、はげたところと段差ができて、高年であることを示していた。喜捨の恵みを頼りとして、どこまでを旅したのであろうか。

雲水の旅路
 足ごしらえは、白い地下足袋に、雨や日射には、菅笠を持ち、身軽な旅なれた姿であった。電車に乗り、都会の雑踏を避けて、ひと時を寛いでいるように見えた。広い野山には足を速め、人に出会って、念仏を唱えるのであろう。また、一夜の宿を同門の仏寺に求めるのであろう。