林学の教育目標

はじめに
 大学、専門大学校、高校に林学科が存在していた。大学の林学は森林科学へと名称を変更し、高校でも緑地などの名称を関して変更することが多かったので、林学、林業の名称はどれだけ残っているのだろうか。しかし、専門大学校では林学の名前を持続しているところがある。長野県林業大学校はその一つであり、全国でかって5校の林業大学校があり、現在も名前を継承しているのは、どれだけあるのであろうか。長野県林業大学校と近接して伝統ある木曾山林高校があったのだが、ごく近年に廃止とされてしまった。
 私は大学で林学を学び、信州大学で森林科学に所属し、長野県林業大学校の最初の10年間、講義を担当したの少しの林学教育への知見があるが、林業高校における教育については経験は全くない。こうして、林学の専門教育が衰退、変質している中で、以前の林学教育の目標は何であったのか、その現代の衰退や変更は何を意味しているのか、考えるところである。

林学の教育目標
 林学の教育目標を鮮明に掲げて開校し、その目標を持続しているのは長野県林業大学校だと私は考えている。長野県の林業職の人々が実際教育を担当し、教養や知識の面で大学などの教員の補完による講義で2年間の課程の教育が推進され、毎年、20人の学生を全寮制で受け入れている。
 ドイツにおいて森林官の養成を目指して、林学の創始者、ハルティッヒやコッタは山林学校を開いている。多くの森林官が国有林を管理し、林業経営の指導的立場に立ち、森林政策を方向付けたのであろう。ザリッシュも森林官となり、やがて林業経営を行い、森林美学を著したのである。ザリッシュの学んだエーベルスワルデ山林学校は、かってハルティッヒの主導のもとに開始され、日本の林学の創始者と言われ松野も学んだということである。また、ザリッシュの在学以降に恒続林思想を著したメーラーが校長となっとなっている。これらは、山林学校がドイツにおいて非常に大きな役割を果たしてきたことを示している。