風致施業の林齢と密度

はじめに
 森林施業において輪伐期が問題となる。森林更新における林木の最高齢を決定し、その時点で木材を収穫するのである。それまでの間、樹高が高くなり、樹冠が大きくなり、幹が太くなる。樹高と幹の太さから一本当たりの大よその材積が算出され、ha当たりの本数を乗じると、ha当たり材積も算出される。しかし、最高齢に至るのに成長の年数がかかるので、毎年の収穫は面積を最高齢で割った材積しか得られず、それは、材積生長量と合致しなければならない。現在存在する合計の材積は蓄積量と呼ばれている。最高齢が高くなると、毎年の伐採面積が縮小し、蓄積量が大きくなる。森林風致が森林が存続し、かつ、林齢に多様性がより大きくなることで向上すると考えた場合、より長期の輪伐期が望ましくなる。しかし、ザリッシュは最高齢を老齢林とすれば、成長が減じて、材積生長量を少なくし、利益を縮小するので老齢林に至るまで残すことは、避けるべきだという。そうした点で林業家が老齢過熟林とする天然林も好ましくはないものである。
 林業家にとって年々の森林の生長量も森林風致として評価すべきであり、森林更新が循環的に持続していることを重視していることは、専門家としての評価であろう。一般の人は老齢林や天然林の現在の状態だけを評価して、それが破壊的な状態に至る場合を予想していない。また、林業家にとって一般人の自然愛好は生産性を重んじない点であまりに消費的と考えられたかもしれない。この森林評価の格差を北海道の置戸照査法試験林で調査されたことがあり、林業家と造園家との格差が顕著に見出された。当時はこの結果の意味が理解できなかった。照査法試験林は恒続林に類しており、森林内に生産林の側面と自然林の側面を併せ持った森林であったことによって、林業家は生産的側面を造園家は自然林的側面を評価したと考えられる。

林分密度
 収穫目標は林業不振によって先送りとなり、40年が80年へというように増大している。100年を越える林分はどの樹種でもめったに見かけないのに、100年を超えて成長させようという目標も見られ始めた。しかし、密度調節がされないで放置されていては、林木の生長は望めないか、衰退さえする可能性がある。長期施業に対応した密度管理が必要と言える。100年を超える長伐期施業における密度はどの程度とすればよいのか。先例を調査したことがある。現存する高齢林を探したのだが、寺社の境内林、林業地域などに散見するばかりであった。希有な存在で、保護的な取り扱いが多いかった。たしかに、300年生の森林は歴史的存在であり、施業の持続は困難であったのだろう。とくに戦中、戦後の伐採で多くの巨木を失ったようである。残された巨木林でも連続した森林更新の輪伐期は断絶している。
赤沢自然休養林のヒノキ林の伊勢神宮用材採取地近くで、300年生ヒノキ林100〜200本/haとすれば、50年生ヒノキ林500〜600本/haがそこにどのように到達できるかかが問題となる。伊勢神宮では昭和初期からの施業計画で、そうした用材林の形成を目指している。最終に残る木を定め、その周囲の成育に支障となる木から間伐していく方法が取られていたように、見受けられた。巨木が目標ではないが、長伐期施業を目指す島崎先生の間伐の選木も同様である。
 一方、赤沢ではヒノキの更新の問題に対して、只木先生が漸伐作業を提唱している。木曾ヒノキ林の素晴らしさは、江戸時代以来の森林経営において300年生のヒノキを収穫し、それを持続する森林を創りえたということである。しかし、原田氏の指摘のように御料林か国有林の管理の過程で、江戸時代の社会的条件の変化や管理方法の変化、保護的な取り扱いが、その持続を困難としてしまったのであろう。

間伐と択伐
 間伐は残された林木の成長が高められるために行われる収穫作業である。

画伐と漸伐
 漸伐は特に森林更新のために行われる収穫作業であり、画伐は皆伐の弊害を少なくするための小面積の皆伐作業であるが、残された区画において漸伐と同様な更新効果も考えられ得る。とくに、皆伐作業でしか更新されえない、アカマツ林などにおいては、適しており、田村は風致施業の方法として取り上げている。後に嵐山国有林における風致施業または景観再生として採用されている。択伐を群状伐採として行うと画伐と似ているが、択伐における群状伐採は天然林のギャップと相似していて、収穫ではあるが、更新地形成に重要な役割を与えるものだろう。