森と木材

はじめに
 森は樹木によって構成され、樹木はいつか年老いて枯れていく、一方で、若い樹が育ち、森はいつまでも続いていく。枯れていく樹を人間が除いても、同じように若い樹が育てば、森林は永続する。樹の寿命が尽きるまで森の中にあるのが、天然林であり、抜き切りの人工の手が加わった森林は択伐林となる。さらに、皆伐し、植林によって更新させると規則的な年齢の皆伐林となる。皆伐に至る途中では間伐によって密度調節する。
 天然林では不揃いな年齢と樹形の樹木で構成され、その不規則さの中で、老木の枯死だけでなく、若い樹の競争による枯死が普段に繰り返されている。しかし、老木の枯死は新たな競争の場所を提供する点で、競争の結果の枯死とは相違する。択伐で競争木を除去すると競争が緩和し、次第に天然林とは異なる構成を作り出すだろう。一定の秩序となる安定が生じて、停滞が生まれるのではないだろうか。皆伐林は人間が間伐によって安定を生じさせる。しかし、その安定は共倒れ型に至る。そこで、皆伐に至るまで断続的な間伐が必要となる。
 森の恩恵として、木材を得るのか、木材を得るために森を作るのかは、林学の大きな論争となった点である。天然林の破壊によって成立する略奪林業から、育成林業への脱却も社会的事情から不徹底である。計画的な収穫ではなく、森を一時的に持続させるための場あたり的な間伐も行われる。

ヌタプカウシペ
 ヌタプカウシペとは大雪山のことであると教えてもらったのは、その名を冠するロッジのご主人からであった。旭岳ロープウェイで山頂に向かうつもりで来たが、あいにくの台風でロープウェイは運休しており、早々にその日の宿としていたロッジに駆け込むことになった。雪まで降り始め、風も強くなってきたが、中はストーブで暖かく、温泉は豊かで透明なお湯は気持ちよく体を温めてくれる。
 大雪山は大きな山脈そのものなのだ。どこもが大雪山だと途中で道を尋ねた人から教えられた。白い尾根が遠く見え、裾野の広がりは広大な山地全体が大雪であり、又の名が神々の集う庭とのこともなるほどと感心される。近づくにつれて明るい広葉樹と針葉樹の混交林はやや深みを帯び、来る人を包み込むように迎え入れてくれるようであった。

ストーブの薪
ストーブの薪は周囲の森林から無尽蔵に得られる。家全体に温もりを与える。
木材業者から端材や製材に向かない木を運んでもらうそうである。既に、10年分の薪が出来ているとのこと、主人の労働の賜物である。
薪には惜しい材木や端材から家具類が作られている。机もチェーンソーで作ったそうである。