里山の使用価値と商品価値

はじめに
 面白いほどよくわかる「マルクス資本論」を読んでいて使用価値と商品価値の関係が最初に示されている。これを里山に当てはめていると、簡単な図式的な解釈ができる。里山が最初に問題とされ、概念として示されたのは、高度経済成長期のあたりであろうか。奥地の国有林を除く、広大な民有林が問題となり、これを里山命名したのは、四手井先生だとされているようである。戦後の植林事業が、拡大造林に引き継がれて拡大していくなかで、不成績天然林の人工林への転換は、利用価値を失っていこうとしていた薪炭林にまで広げられていった。石油燃料への転換は石炭だけでなく、薪炭の生産を急速に衰退させ、民有林の放置が始まっていたためである。
 こうして民有林が里山としてとらえられようとしたのは、農村環境の一部として山地が放置されていくことが問題であったのだろう。農村住民から利用価値を失った山地は、特に宅地開発やゴルフ場などの観光開発を容易にし、都市近郊では都市環境の整備に支障となる乱開発の要因にもなった。これまでの農村の自給経済の領域は貨幣経済の支配に侵害され、農村の衰退や山村の過疎問題の要因でもあった。拡大造林に里山の人工林への転換も、燃料などの自給経済の縮小を加速させるものであったろうし、人工林が成立するまでの時間に経済的効果は生じず、育林の負担が増大し、結局、折角の人工林をも放置する結果となった。

里山の使用価値と商品価値
 以上を使用価値と商品価値に当てはめて考えると、里山で生産された薪炭は商品価値を有していた。農村で自給的に燃料として利用された薪炭は使用価値であった。薪炭だけでなく、肥料や資材、食物などの採取、水源、災害、気候などの環境の保全もまた、大いなる使用価値であった。しかし、薪炭の需要が急減すると、薪炭の商品価値は失われ、生産が行われなくなる。また、農村での自給利用も燃料、肥料、資材などの利用が衰退した。これは使用価値の減少といえる。商品価値、使用価値の一部の衰退は、森林の再生に変化をもたらし、環境などの使用価値に影響を与えることになり、また、土地を商品化することによって森林の破壊をもたらした。それまで、薪炭林、農用林と呼ばれた山林が、環境の変化と森林保全から里山へと転換した。その里山を、木材のために植林し、人工林に改変した。人工林によって里山の環境としての使用価値は、低減し、育成の負担が増大し、山林の放置が拡大した。木材は商品価値のあるものだが、長期の育成労働が伴うものであり、その間に商品価値を実現することはできない。
 こうした過程で変化した里山は、現在、人工林の森林蓄積が増大し、収穫期に到達している。この森林蓄積を木材として商品価値に換える可能性が増大している。