世界遺産の自然景観

はじめに
 世界遺産に登録された日本の自然景観は、知床、白神、屋久島であるが、さらに南アルプスを追加したいという運動が、地元で行われている。世界遺産は、近代化による改変が世界に及び、旧来の古代文明を基盤とした成立した遺跡や幾多の文明の変遷のもとに持続した生活空間の保全が、必要となったからであろう。自然景観は、文明以前の人類生存と生命持続の基盤であるが、人為の影響が及ばないことによって、未開発な状態によって残存しているものである。しかし、そうした自然環境の中で、成立した生活も存在している点で、共生の空間の保全も自然景観の保全に並立させている。
 世界遺産の登録には、審査があるので、その審査の合格水準によって登録が成立する。審査に対して、世界的な遺産としての価値がどこにあるのかを、示す必要だある。南アルプスは国立公園に昭和39年に知床とともに、原生的な自然景観の持続する国立公園として指定され、国内での評価水準では価値づけられるといっても良いであろう。

自然景観認識の変化
 国立公園は、戦前の国立公園法の成立によって設定され、戦後の自然公園法に引き継がれた。戦前の国立公園の設定は、日本旧来の風景観を、近代的な風景観に転換した考えで、指定されているが、戦後の自然公園法では、保護する景観を明確にし、自然環境の利用を重視するようになった。自然公園の景観価値と利用価値の関係から、公園指定の序列が、成立するようになった。景観保護に傾く国立公園と利用に傾く都道府県立自然公園、その中間に国定公園を置くという序列である。景観保護を重視する国立公園では、利用面で自然体験が重視されている。
 知床、南アルプス国立公園の指定は、アメリカのウィルダネス法の成立と関連している。自然体験の場所としての原生自然区域の確保への関心である。知床は緯度と点で、南アルプスは標高の点で、原生的な自然が保たれていた。その原生的な自然を体験する旅行や登山の活動が活発となり、地域開発を自然保護に転換することが両国立公園設定の目的ではなかっただろうか。しかし、地域開発と森林資源開発のための林道建設や森林伐採の問題が持ち上がってきて、自然保護運動が生まれた。単なる国立公園指定は、地域住民や国民の自然保護の意志へと転換したといえる。
 歴史文化財を残す地域や原生的な自然景観を残す地域の持続が危急性を帯びて、人類の遺産としての指定が必要とされたのであるが、その世界遺産登録に、地元地域から運動が生じていることは、価値観の転換を表わしている。開発の利益が制限されても、景観的価値を評価して、将来に持続させようという地元地域の意志を示しているからである。地元地域が持続するために、開発を行うことから、景観や環境を保全して持続することが重要であることへの認識の転換がある。景観保護とともに、地域住民の生活の景観との共生が問題とされるのである。

世界遺産登録に記載する景観の選定方針
南アルプス山岳景観 原始的自然景観 国立公園 
   山岳(眺望)、渓谷(中央構造線)、峠・鞍部
   天然林・植生(垂直分布) 野生生物(原始域)
②山村住民の生活 歴史文化景観 秘境―遠山卿
   原始(遺跡)、古代(埋木、平家)、中世(南北朝)、近世(江戸幕府
   街道と峠 集落 畑作 遺跡 建物 天然記念物 芸能 民話
   城跡 城下町 社寺 祭礼 宿場
③近代の開発過程 現代・近代景観
   森林―林業薪炭生産 渓谷―電源開発、災害 農業―農地整備、水路開発 獣害
   交通―自動車交通(林道) 森林鉄道
④近代登山・観光利用
   登山(登山バス、登山道、山小屋) 高原(放牧地) 温泉 行楽地
 以上の4項目が選定する景観を分類するものであるが、自然景観によって共生する山村住民の生活が成立し、生活空間拡大のための開発が自然景観を改変する。一方、自然景観が存在していることによって、登山や観光の利用が成立する。自然空間と人工空間の歴史的関係、自然環境と共生環境が織りなす自然と人間の動態の中に、散りばめられた地域景観であることがわかる。それらの総体が、世界遺産に該当するか、根本的に考察するところに、登録の可能性があるのだろう。