軽井沢のカラマツ林の衰退

はじめに
 軽井沢の風倒木を調査したE氏の要請で、軽井沢の森林に出かけた。軽井沢を代表するカラマツに風倒に多く、生じるのは当然と思われたが、行ってみてカラマツがとくに目に付かなくなっていることに、気がついた。風倒のために全滅したのかは分からないが、他の木が残り、カラマツが多く被害を受けるには、何か原因があるのであろう。
 E氏の懇切な案内で軽井沢の地区によって被害に相違があることを説明してもらった。しかし、その要因を確かめ、地区による状況の相違を比較して、検討する必要がある。さらに、調査が必要であるが、ここではE氏の話と現地の見学から仮説的な推論を考えてみたい。

森林倒木の区域

 倒木状況によって3地区に分けられる。軽井沢を南北、東西に区分し、
(1)南東部ゴルフ場のあるもと湿原の地区
湿原と広葉樹林、カラマツ林
(2)北東部が旧軽井沢の別荘地区
広葉樹とモミの混生林
(3)北西部が追分宿北部の浅間山
アカマツとドイツトウヒの保残林
カラマツとアカマツ・広葉樹の混生林

 いずれの地区も倒木の結果もあってカラマツの姿は微々たる物となっている。
 
カラマツ林の衰退の要因
 (1)の地区では、E氏によれば若いカラマツで、明治に植林されたというカラマツは存在せず、伐採されたのではないかということである。土砂崩壊地に生育するカラマツにとって、湿原の条件は適合せず、衰退したのではないだろうか。再度の植林も、放置されたとすれば、立地の不適合と過密状態が木を弱らせ、風倒被害を大きくしたのであろう。
 (2)の地区では、E氏は別荘住民の手入れが風倒被害を少なくしたということであるが、カラマツ林から森林遷移が進んだためではないだろうか。その遷移の過程に、別荘住民のカラマツ林を育てるよりも、更新樹を育て、天然林への推移を森林保護として見守るという意識が優先したのであろう。その結果、過密なカラマツ林が衰退する一方で、天然林に推移が進行したのではないだろう。
 (3)はドイツトウヒの植林地は壊滅的な被害を受け、混生したアカマツ若齢木も大きな被害を受け、アカマツ若齢林が疎開して成立した状態となっている。いずれも、過密状態が被害を大きくしたのであろう。道路を挟んだ南側は民有林でカラマツ林が放置されていたと考えられる。カラマツの自然間引きと森林遷移によってアカマツから広葉樹の混生する森林となっている。この森林は被害をほとんど、受けていない。広葉樹林への遷移で、残ったカラマツが倒木を免れたのかもしれない。
 カラマツの植林が近年なされていないようである点から、さらにカラマツ林は減少し、天然林へ移行していくのであろう。以上は、清水氏との話し合いをまとめたものであるが、確実な論拠には精査が必要とされる。E氏の倒木調査結果は示唆に富むものであり、ご案内を頂いたことを感謝している。