塩尻下西条緑の会とウラジロモミの樹叢

はじめに
 塩尻市下西条の緑の会では、毎年、数回の裏山の手入れを行っている。今年最初の作業の呼びかけに、出て行った。行って見なければ、どんな作業があるかわからない。セツブンソウ、福寿草が咲いていることも楽しみである。でかけると、20数人の人々が集まり、顔なじみの方々に挨拶していると、会長が今日の作業の説明をはじめた。3箇所にわかれて、山ノ神の観察路、たまらずの池、奥の市有林で、枯枝などの整理、休憩施設の補修、登山道の案内標識の材料の採取が、作業の内容であった。
 私は、奥の市有林の作業に加わることにした。3台の軽トラで5人の人々が、その場所に到着した。鈴木さんの話は、乗鞍岳塩尻から眺めることが出来、それを住民が意識して眺めるように、乗鞍岳の登山道の道標を毎年、少しづつ、作っているとのこと、その材料のヒノキを採取することが目的であるとのことである。市有林の間伐を最近、県の補助で行い、伐採木があるので、その中から採取するとのことであった。到着すると、枝条が積まれ、伐採木は玉切りされて、整理はされているが、それらの丸太がそのまま、利用されずに放置されるとのことであった。伐採した業者も持っていくことは考えなかったとのことである。50年生ぐらいで、太さも一抱えもあるヒノキが切捨てとは、もったいない限りである。10年ほど前の災害で、土砂流出で河川が荒れてしまったのは、人工林が放置されたためであるが、いまでも森林は密生した高木林で、倒木も生じているようであり、間伐は是非とも行わなくてはならない作業であるが、50年生のヒノキの切捨てとは、いかにももったいない。

 このヒノキ林に連接して、ウラジロモミの樹叢があり、作業が終わって、しばらくぶりに再見することになった。

ヒノキ林の中のウラジロモミの樹叢
 ウラジロモミの樹叢の中でも写真の中の樹は、おそらく、樹高が40m程で、胸高直径は1mを超える巨木である。周囲に10本近いウラジロモミが群叢となっている。最近、塩尻市の天然記念物に指定されたようであるが、緑の会の人たちが、発見したものである。林道からほんの僅かは入ったところであるが、砂防ダムが視界を遮って、目に留まらなかったとのことである。人工林の中に、こんな巨木のモミが残されていることは、めずらしいことなのではないだろうか。以前、天然林が広がっていたと考えれば、戦後、薪炭林に利用しようとし、その後、拡大造林で植林しようとした時、このモミの樹叢を残した人は、相当なセンスを持った人だったのだろう。植林地の中に、これほどの巨木が残されていることは見たことが無い。一辺倒に皆伐して植林地とされたところが、どれほど多いことだろう。緑の会の人も、まさかと思ったそうである。
 50年生のヒノキ林もこのモミの大木のおかげで、小さく、まだ、若くしか見えないようである。そして、将来、このような大木となることが空想されて、時間の奥行きが森に与えられている。ウラジロモミはその奥行きの中で、いかにも、王者の風格がある。それも、ヒノキ林を間伐した結果なのかもしれない。間伐木を切り捨てにしたことは、いかにも残念なことである。なぜなら、現在、収穫しておくことによって、将来の一層大きな収穫への期待が持てるからである。継続した収穫の森林を作ることで森林を管理し、収益を上げるとともに、災害の少ない状態を生み出すことが出来るだろう。
 緑の会が奥山の森林を生活の場として回復しようと、いくつかの場所の状態を楽しめる場としていくことを通じて、奥山を観察し、様々な種類の植物や樹木、こうした巨木を再発見してきた。また、手入れや育成によって、こうした植物の繁殖を助けてきた。それは放置された森林の一部でしかなかったが、その実践によって、山林の所有者に森林利用の関心と意欲を生じさせている。下西条の各所で森林の手入れがなされ、シイタケのホダ木置き場に利用されているところが広がってきたように感じる。