吉良先生の自然保護論

はじめに
 吉良先生が逝去されたことをツウィッターで知った。多くの弟子の方々は嘆かれていることだろう。学生の頃より、吉良先生が密度理論の発見者で、その論文がいかに短いものであったことは学生間で語られていた。後に、四手井先生が森林の密度効果に適用したことを知った。自然界の物質循環が簡単な原理によって成立し、温量指数によって植物分布を見出すことなどに展開しうることは、すばらしい発見であったろう。
 大学紛争直後から、講義の改革として、社会的課題を持つ新たな講義が開設され、中村貞一先生が「自然保護論」によって吉良先生を非常勤講師として招致された。その講義は、中村先生退官後にも2年間継続した。私はその時、助手で吉良先生のお相手をしたことがある。農学部のなかにも吉良先生の弟子か後輩の教授がいたので、大先生が講義を引き受けられたことに驚かれた。

吉良先生の自然保護論
 吉良先生の自然保護論では、すでに地球の物質循環から、炭酸ガスによる温熱効果を問題にされていた。しかし、海洋による炭酸ガスの収支が不明なために、地球全体の収支の計算が難しいことを語られていたことを覚えている。何事においても先覚者として対処している先生の偉大さに身の縮む思いであったが、私のような若造に忌憚なく話される先生の率直さにも感嘆したことであった。
 丁度、私は南アルプス林道の自然保護運動に関わり、自然保護の原理と社会的意義の乖離に悩んでいた。自然が人類を支え、その自然を破壊することが、人類の滅亡につながるという、炭酸ガスの問題は、自然保護の端的な原則を表しているといえただろう。南アルプスは原生林の残る数少ない区域として生態学会でも取り上げられてはいたが、原生林保護の意義が、地域開発による住民生活の向上にどのように関係するかは当時は不明なことであった。開発推進派に対して、自然保護運動が激突するという事態であった。先生の自然保護の原則に関する講義が当時の学生にどのように受け入れられたかは定かではない。
 その後、滋賀県で琵琶湖保全の研究所の所長に吉良先生が就任されたことを聞いた。洗剤問題などの琵琶湖汚染の原因は、住民生活の改善と関係して解決できる点で、地域問題への先生のご努力を推察している。