造園学原論覚書2

承前

公共空間
 公共空間も生活空間であるには違いない。しかし、個人の生活空間ではなく、産業活動、個人の生活空間の集積し、個人の行動を制限する公衆の空間である。公衆(public)と民衆(people)とは相違している。群衆とも相違し、いずれも大衆とは区別が不明確である。
 公共空間を計画する主体は、自治体あるいは行政体の権力であろう。近代になって、自治体の住民、都市の市民、国家の国民が民主主義制度によって主体と認められるようになった。民主主義制度下では主体の結集した権力が自治体に委託されていると理解される。近代は産業革命による経済発展と連動し、その経済発展は都市への人口集中をもたらした。こうした市民が公衆を形成し、集中した都市空間にとって公共空間が必要となった。
 近代都市の機能発揮のために従来の共同空間(街路や広場)が拡大、改変し、私的空間であった庭園から公共に開放された公園が出現した。造園の領域が公園を通じて都市空間に拡大し、土木、建築の領域の装飾的効果にも共同して展開した。

自然環境
 都市空間の拡大と人口集中による居住環境の悪化は、自然環境の破壊と改変によるところが大きい。陽光、大気、水分の循環、土壌、生物の生息などの自然条件は悪化し、公園や自然保存地に閉じ込められていった。都市の居住間環境の改善のために、人口集中の拡散、都市拡大の制限によって都市周辺に自然環境を残し、都市住民の自然充足の場を確保する必要が生じた。都市空間に展開した造園の領域は、都市住民の自然利用のために自然環境へと拡大した。
 近代以前の造園が庭園に限られ、生活環境の中に理想的な自然環境を創造するために、自然環境の要素を抽出し、再編するものであったことは、自然環境に接する利用空間にとっては、過剰な自然加工として障害にもなるものである。造園による自然の利用空間は、囲われた自然の公園化(理想的風景)になりがちとなる。また、逆に庭園の造園が理想的自然から自然の再生へと転換する契機ともなる。