森林の多面的な機能から生態系サービスへの環境危機

はじめに
 森林の効用、機能は以前より言われており、その機能を発揮させるために、森林法制定の当初から、保安林制度が設定されている。天然林を開発し、人工林に転換させ、あるいは、森林を喪失することによって、森林の果たしていた機能が喪失して著しい生活環境の悪化を招くことが生じた。これと反対に植林による環境改善によって農業生産や居住のための環境が回復することが見られる。
 森林の喪失は、農地の拡大と過剰な森林利用がもたらしてきたのだろうが、近代になっては、一層の農地拡大の一方で、森林の林業的利用が行われることになった。また、近代産業の進展と人口増加は都市拡大をもたらし、農地や森林の喪失をもたらした。森林の持続が、環境保全にとって必要なことは、森林法の保安林制度に現れているが、人工的な都市環境に森林回復の必要が、緑地制度の進展に見られる。しかし、これらの森林保全や回復は、環境悪化の補完的な対処でしかなかったと言ってよいのではないだろうか。自然環境の持続や回復がどれだけ必要であり、その破壊をどこに留めるべきかは、開発と保全の対抗した関係の歴史的結果でしかないのかもしれない。自由経済による際限ない無秩序な開発が放任されるだけ、環境悪化が進行しているのではないだろうか。
 戦中、戦後の森林喪失は全国的な規模で生じたので、様々な環境悪化が同時的に生じた。だが、森林に見られる散発的で、部分的な森林破壊の影響が、どのような環境悪化の原因となっているか、わかりにくい。森林喪失が蓄積し、地域環境の大きな変貌とともに、歴然とした環境悪化が明らかになるといえる。森林の環境機能の提示は、森林喪失による危機的な環境変化を表わすものとも言えるだろう。

森林の多面的な環境機能からの環境危機
 経済社会のなかで、森林が存続しうるのは産業として木材利用と森林育成の関係が成立することことである。戦後の日本は、林業の成立が困難となったことが、現在の森林における危機といえることは言を待たない。特に、国有林の経営は危機に瀕してしまったが、その原因は森林の経済性を偏重して皆伐作業を進め、森林の持続を困難にした点を上げられるが、独立採算制のもとで、国土保全機能の維持の負担までを負わされていたことが指摘されている。経済性の成立が困難となってきて、多面的機能の保持へと森林の重点を移してきたといえる。
 しかし、森林の持続が経済的に成立して、森林の育成が行われ、環境保全は従属的であった点から、環境保全に重点を移しても、森林育成が進まなければ、多面的機能を発揮しえないという問題が生じているといえる。林業危機が森林育成を放棄させ、その結果、森林環境を悪化させた点に立ち返って、問題を解決する必要がある。環境保全のための森林育成のために、環境機能に見合った森林税といったもので、育成資金を還流させることも行われるようになったが、抜本的な解決策は見えないままではないだろうか。 
平成13年度森林・林業白書p.55 日本学術会議

森林生態系の危機
 森林の多面的な機能は森林のどの要素に由来するのかを考えることは、個々の機能を発揮する上でどのような森林をつくったら良いかを考える上で必要なことである。只木の図はこの機能と森林の構成要素との関係を表わしている。しかし、逆に、構成要素の成長阻害が機能の発揮を停滞させることを表わしている。例えば、地上部の生育は木材生産を成立させるが、放置による過密状態は林木の成長を阻害し、木材生産を困難にするという関係である。地上部の過密は根系の成長を阻害し、土砂崩壊などの原因となって、土壌の保全に障害となるといったことである。
 只木の図も、多面的機能が阻害さた環境危機が、森林のどのような要素に注目しなくてはならないかの危機意識によって必要とされるのではないだろうか。そして、森林の構成要素が生態系によって連関している点で、どのような森林が多面的機能を実現しうるのかという問題へと収斂することが必要である。
只木:森と人間の文化史p.136 
森林生態系の活動と環境保全効果の位置づけ

地球生態系の危機
 人類は環境を改変して、その改変した環境の中で生存している。農林漁業の第一次産業によって生活している場合には、環境を利用して生産が成立している点で、環境破壊は生活の持続を奪うものとなる。工業化社会とその地球規模への拡大は、地域規模の環境の持続を困難とし、その環境破壊の集積が地球の生態系にまで及ぶものとなり、人類の生存は危機に瀕するに至っている。
 人類は空気や水が無くては瞬時も生きていけない。空気を浄化し、水を安定的に供給する上で、陸上部では植生の果たす役割は大きい。植生は地表を被覆し、土壌を生成するとともに、気候を緩和する。土壌を基盤とした農業生産は植生の改変による食料生産であり、持続的生産のために環境を保全する必要が生じた。人為による二次的な植生が持続するようになった。しかし、こうした地域的な環境保全は、近代化とともに衰退することになった。
 生存の基盤となった生態系サービスが得られないほどに、環境破壊が際立ってきたことへの、危機意識が、生態系サービスを意識させた要因と考えてよいのではないだろうか。生態系サービスの回復のために、森林を保全する必要があることは確かであろう。しかし、人口増加や食料危機、経済成長の志向など生態系破壊の要因は多々あり、生態系サービスの回復には困難が大きい。生態系サービスの恩恵を受ける生活から遊離した消費社会に生活しているためである。
 人類の一員としての自覚と責任のもとで、消費社会への対処が必要とされている。
MEA2005 小池:北方林業VOL.62NO.3,P.60 
森林の生態系サービスの概念図

あとがき
 この表題での論議をどのように行うのか、大変迷っていた。K先生からのコメントと日ごろの森林美学への忌憚のないご意見によって、以上の論議の目的が明確となってきた。K先生のご努力に敬意を表するとともに、コメントに感謝します。また、K先生の森林の生態系サービスへの注目が、清水氏の恒続林からの展開による森林の生態系サービスの実現の寄与の観点となって生かされており、この清水氏の観点をここで補完する意味を持つことを指摘しておきます。