森林美学の基礎理念は風景原論

森林美学第1部の表題は森林美学の基礎理念です。
 ザーリッシュの森林美学のモットーはゲーテのヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代から、技能を芸術に高める言説を取り出したものです。森林経営の技能から森林に美をもたらす芸術へと高揚することが森林美学の理念であり、森林の育成管理に技能を持つ森林官が森林芸術の実践者となる可能性を持つことになります。森林芸術によって人々は森林の自然に一層の喜びが得られます。
 その森林芸術(文中・クラウゼ、和訳・喜屋武氏)は、土地美化芸術の一部ですが、クック先生は土地美化芸術をランドスケープ芸術(伊藤太一氏和訳)と英訳し、人々の生活環境の全体的な眺めとなる風景に連結します。ザーリッシュは文中、イギリスのピクチャレスクの先導者、ギルピンの言を借り、また、ドイツに根付いた風景式庭園の完成者、ピュックレル・ムスコウを尊重し、国土美化運動の流れ(赤坂氏)を汲んでいます。ドイツの近代的な風景の認識は、ゲーテに依拠し、また、ゲーテはルソーの影響を受けています。(大澤先生)
 上記、用語の論議が基礎理念編A序章の第1章です。ちなみに、garden art を造園芸術としました。第1章ではさらに森林芸術の意義が記述され、林学の初期から連綿と林業の経済的目的とともに森林美に関心が持たれていたおり、その森林美学の歴史が述べられています。さらに、一般論としての真善美における美の意義を論じ、善となる有用性との関係を論じています。当時、自然諸科学の進歩が林学に導入された時代(黒田)である点で、真は科学的な林学であり、有用性は林業を主眼とする経済性と考えられます。林学の発展に経済性の重視が顕著となり、薪炭林など共同体の森林利用が排斥されていった背景もあると考えられます。これらの社会性の軽視とともに森林のレクリエーション利用が無視されていく傾向に対する危機感が森林美の認識の重要性を強調する必要があったことが考えられます。
 基礎理念編Bの表題は自然美となっており、ザーリッシュの風景原論が述べられています。第1章自然美と芸術美、第2章ランドスケープの色彩理論、第3章岩石、第4章樹木、第5章芳香と声が取り上げられています。人間が創造する芸術美こそ美に価し、美学の対象となるするヘーゲルの考えに対して、自然美があってこそ芸術美であり、自然美は芸術美の先生であると自身の考えを述べています。そこで、森林は自然美の展示場となります。色彩理論は風景の眺めが光線による大気を透した外界の視覚像が色彩によって知覚されます。第5章で嗅覚と聴覚によって芳香と声の知覚が述べられます。すなわち、5官の感覚器官を通じて風景の知覚がなされていること、その対象となる風景要素は色彩に充ちた地上の姿を現す大気と光線であり、大地を象徴する岩石と水であり、その大地を被覆する多様な植生が自然の風景要素です。その上層となる樹木の多様さが第4章樹木でとりあげられ、森林環境への美的意識が風景原論の基礎によって知覚されてくることを明らかにしているといえます。この風景意識はドイツではゲーテを先駆として明らかにされてきたことが、文中の各所の引用によって示されています。