森林風致・風景学Ⅰ総論 3

3 森林休養を必要とした近代の生活構造

 森林を休養の場とする行動は、生活行動の一部であり、近代社会のもたらした市民生活がその社会的要求をもたらしたことはどのように解釈したらよいのであろうか。近代は工業文明によって成立し、市民社会によって形成された。19世紀半ばには、工業文明の矛盾や資本家と労働者の階級対立が顕在化し、19世紀末に労働者の生活条件の改善が進行した。19世紀後半に行なわれた都市公園の設置や都市改造はそうした改善の一部であり、都市林の休養利用や森林美学の出現もその一部に含まれると考えられる。
 20世紀の初頭にハワードの田園都市の提唱を契機に、近代的な生活空間を目指した都市計画が出現し、帝国主義国間の相克と社会主義国家を出現させた第一次世界大戦後、社会政策として各国で進展した。国民の生活構造を見直し、非人間的な生活を改善し、人間的な生活環境を形成することは、近代国家の使命となったといえる。工業文明の社会の基礎を担う労働者の生活条件は、当初は過酷であったが、労働条件の改善と社会政策の進展は生活条件を改善し、階級対立を緩和させている。
 労働者の生活構造は、所得、労働時間、生活空間によって主に条件づけられていると考えられる。所得の向上は消費の豊かさを生み出し、衣食住の生活向上を可能とする。労働時間の減少は余暇を確保させ、休息、創造的活動の自由をもたらす。生活空間の改善は生活の環境条件を向上させ、行動の自由を増大させる。生活条件の過酷な時代には抑圧されていた人間的生活が希求され、実現の可能性が増大している。とくに労働の拘束に対する余暇の増大は人間性回復の要求の基礎となる。余暇における行動の時間的、空間的な構造とそれに対応する社会政策から、森林休養の必要を読み取ることができる。