森林風致 地区住民の森林育成

 自治体の行政組織は、市民一般に向けられているが、実際、住民サイドでは旧来の集落と旧村などの区などが近隣や地域として、生活単位となっている。自治体としての伊那市に旧村などの区があり、支所が置かれており、また、住民は自治的な活動を区で行っている。そうした区の一つである富県区を例にとれば、村が形成される以前の村落が地区を構成している。富県では6地区があり、さらに各地区は集落に依拠する常会がある。地区は常会の代表によって住民の意向がまとめられ、地区を代表する区長が区長会を構成して富県区の意向を集約している。富県区は区費を住民から集め、財政基盤としており、伊那市の支所との連携を取るという関係にある。区は旧村の自治体制を持続しているといえるが、事業などを行う財政的基盤は伊那市に依存するという関係にある。
 富県区には広大な山林広がっているが、多くが個人有林で放置された森林が多く、森林育成は個人的で散発的にしかなされてこなかった。富県村が形成された時期に各村落の入会林などは各村落で保有され、村有林は生まれてこなかったので、各地区に区有林が存在している。区有林は地区住民の財産として住民の共同作業による管理と森林育成にも着手されてきた。
 地域活性化のための住民組織として富県区のグリーンツリズムの活動が立ち上がり、放置された森林育成への対処が、松茸などのキノコの山林オーナー制の募集により始った。貝沼地区の個人有林を団地化して、区画をオーナーに提供して、松茸山作りの名人の藤原さんの指導で森林育成を行い、松茸の出てくる場所も出てきて成功した。しかし、オーナー制の区域以外は森林育成の手がつかなかったために、住民有志が山づくりの会を作り、放置された個人有林の手入れを行う活動を展開している。しかし、森林育成の労力が限られ、育成範囲はなかなか広がらないということである。山林オーナー制も昨年末に山林火災が発生し、大事には到らなかったが、責任問題から保険などの責任問題が議論となっている。
 南福地地区では平成16年より当時の区長の提唱で住民環境として地区の山林の森林育成のための委員会が作られ、検討を行っていったが、昨年、県や市の森林育成事業を導入して着手されるようになった。個人有林所有者の反対も無く、作業道を整備して間伐などの森林育成が進められたということである。地区の環境として災害を防止し、景観育成も行い、作業道などの歩道網による保健休養の活動に供することを考えた森林育成を目標としている。県でも個人有林の森林育成を地区の事業として取り組んでいる例は見られないところから、モデルケースとして非常な肩入れをしてくれているということである。地区の森林整備委員会と地方事務所の林務の技術者との共同した計画と、補助事業による資金導入、資金による委託手入れで森林育成は進んでいるということである。波及効果として現在問題となっているシカなどの獣害防止にもなっているのではないかという期待もある。
 北福地地区でも昨年より、地区としての森林育成の検討が開始した。住民、山林所有者の森林育成の委員会が作られ、行政と信州大学農学部の学生の協力を求めて、検討が進められている。森林育成の前段階として山林所有境界の確定が必要となり、これを農学部の学生で行うことになっているそうである。
 以上のように高烏谷山地西麓の3地区で森林育成の取り組みが行われてきたが、3様の違いがある。森林育成に個人所有がネックとなっているといわれるが、富県の場合、所有者は育成に関しては抵抗感をもっておらず、協力的であるといえる。森林育成の目的は、地域環境の改善であって、育成の主体も住民有志であったり、地区の委員会であったりする。森林育成の資金は、収穫した木材から得ることはできず、補助事業に依存して労賃を確保することが必要とされている。こうした諸条件が森林育成の事業を成立させている。
 スカイライン沿いのサクラ植林はグリーンツーリズム事業であるが、こうした森林育成の地区の取り組みとは、連携が取られていないのが、実情である。山地全体で森林育成の進展を見れば、場所による不均等が拡大していくことになるだろう。山域全体の長期的、持続的な森林計画のための調整が必要とされる。主体となる住民の連携も無視できない問題である。