地方都市の近隣社会

はじめに
 松本に住んで3年となり、近所の人とも少しは顔なじみとなった。町会の組長を1年間担当することになり、町会の総会に出席して、地域社会の組織と活動を知ることが出来た。戦後、イギリス人のドーア「都市の日本人」による日本(東京下町)の都市社会の人間関係の調査があるが、都市社会の基礎として近隣社会の状況は、戦後、70年を経てほとんど変わらない様である。今日、東京の下町にこうした都市社会の基礎構造がどれだけ残っているかは分からないが、少なくとも地方都市には残されているようである。これはおそらく、松本市にはかぎらないであろう。農村部のこうした地域組織も町会と同様であるが、基盤に農村の生産的な共同体がある点では相違しているのであろう。地方都市といえども、農村とは異なる地域社会を形成している。

近隣社会の主体
 町会は住民の近隣社会関係を持続するための互助的組織であり、都市自治体の下部構造を担っているといえる。住民は市民としてのサービスを受けると共に、近隣住民として地域社会を持続するための責任を有しており、住民はこれを義務的としても自覚し、近隣社会持続のための役割を担っているといえる。直接民主主義の母体であるのかもしれない。
 しかし、高齢化の進行で、そうした役割を担えない層が増大しているということである。また、住民間に経済的格差があるのも事実であり、持ち家層、借家層など、また、勤労者と退職者などの時間的余裕の格差もあるであろう。それにも関わらず、役割負担は平等であり、町会費もほとんど一律化している。これに文句を言う人もあまり、見られないし、住民としての責任感はいきわたっているようである。一方、無責任さへの非難も日常に見られるが、そこには、住民の連帯感のやさしさも感じられる。


町会の組織
町会地区内の各世帯主の名簿が配布されているので、それから、みると町会員は、698戸であり、66んの隣組に所属し、隣組は8地区に分けられている。地域の拡大と共に、地区が増加しているようで、神社を中心に1から8へと拡大した順に地区名が定められているようである。松本市が周辺農村部を編入して拡大したのが明治末であったようで、そのころから、住宅地としての開発が進んだのであろう。各地区から数人づつ役員が選ばれて町会役員となっている。役員と隣組長による定例総会が開かれ、隣組長は各隣組で毎年回り持ちで担当することになっている。
 役員には町会長、副町会長2人、総務、会計、衛生、防災、公民館管理部長の5人、地区長8人、その他、健康づくり推進員代表、蟻の会会長、会計監査2名が加えられる。さらに、地区の公民館組織と結合して、公民館長、副館長、主事、体育、女性、文化、育成、の部長4名、それに民生児童委員代表が加えられる。役員は30名近い陣容である。公民館の体育、女性、文化の3部会には各地区1名づつ、8人の24人の委員が加わっている。

町会の活動
 町会地区内には自主的に組織された各種団体があり、町会はこうした組織に予算面と活動面で協力している。隣組長は町会費の収集と書類配布による連絡が主な活動である。活動団体は、老人クラブ、民生児童委員、神社総代、社会福祉協議会、自主防災会、小中学校PTA、日赤奉仕団、健康づくり、の活動であり、各地区から委員としての参加がある。神社では祭礼の行事を、自主防災では夜間パトロール、防災パトロールを、合同防災訓練、歳末パトロール、火災防災運動などを行っている。町会の蟻の会では高齢者配食サービスなど、健康づくりは健康教室の開催、公民館では文化祭、衛生では地区の清掃と、地域の諸活動が展開している。
 予算は住民の負担する町会費が6割を占め、直接の市の助成金は15%程度である。町会は公民館などの建物を所有し、その使用料をわずかながら得ている。支出として施設の維持管理、町会役員の事務費、活動費の他は、諸団体への活動の推進費に使われている。
 以上の町会の活動が、地域内の活動と結びついて、自主的な地域を形成しているといえる。町会の法律ともいえる規約を持ち、連綿と継続してきたのであろう。町会長の選挙などもあり、自治の基盤を担ってきたといえる。市民は各地区に居住して、自治の担い手となっている。

文化財の説明版
 松本には随所に裏通りがある。曲がった道で道沿いには古い民家や畑、石造物や祠などが住宅地の間から突然現れてくる。その石造物や祠などの謂れを描いた説明版が整備されていて、楽しめる。総会で質問する人がいて、町会内の文化財の説明版の予算が上げられていないことの質問であった。町会長は即座に市役所から出費してもらえること、看板費が思いもかけずに安くなったので、20数箇所の文化財の説明版が設置できるだろうこと、現在、史跡研究会が設置場所や説明版の内容を検討していることを返答した。このような散策の楽しみも地域で担当されていることに、松本市民の文化水準の高さが感じられた。