南アルプス 山岳景観の景観要素と評価

はじめに
 日本は島国であり、海に囲まれ、山地が多い。こうした日本風景の特徴を志賀重昂が「日本風景論」として記述し、地学的な風景論を展開している。しかし、風景への意識の面からは花鳥風月の日本の伝統的な意識を尊重している。国立公園設定を前にした論議にも日本新八景が登場するなど、近代科学と伝統意識の拮抗が見られる。国立公園の選定には、国土自然景観の特徴的風景が検討され、その後の指定にも、南アルプス、知床が原生林の風景が国立公園指定の眼目であったように、海中、湿原など特徴的風景への価値観の変遷に伴って増設されている。特徴とされるのは自然景観の要素であるが、それに加えてその規模が問題である。しかし、景観は景観要素の総合であり、景観特徴は優先した景観要素によって決まり、規模の大小を問わず、保護の価値の中心にあるものと考えられる。大規模に優先する景観要素が、特徴的景観を構成して、国立公園の対象となり、小規模な景観要素は天然記念物として保護対象となっているが、国立公園と天然記念物の間の整合性が考えられているかが問題である。
 また、自然景観だけで大規模な景観が成立している所は、日本には見られない。人為的な影響が及び、自然環境の改変とともに人工要素が介在している。それらの改変と人工要素は、人が介在する生活空間であり、その歴史によって地域文化として継承されている。生活環境から景観を見れば、人文景観ということになる。地理学ではこの人文景観を重視する点で、地学による自然景観の見方と相違がある。自然景観を利用して成立する地域の生活や産業は、人文景観の分野であるが、自然景観の知識を必要とし、自然景観を保護、保全しようとしても、その景観の利用の面からは、人文景観で扱われる問題に踏み込まざるを得なくなる。地学景観と人文景観を全体的景観としてとらえるにはどうしたらよいのであろうか。
 自然景観が残り、その特徴を顕在化させていることは、開発と改変の及ぶところが制限されていたからということである。逆に人文景観が優先して、自然景観が人文景観の歴史遡って見出される原初か、現在の生活基盤として見出されるかである。自然景観から人文景観の推移とその強弱によって、全体的景観を見出すことが出来る。
 山岳地域は、その厳しい環境によって人文景観への推移を制限し、山岳を特徴として、その条件に制限された人々の生活の場となる山村によって構成される景観である。近代的技術、産業によって開発が進行した地域でもある。

南アルプスの概念
 南アルプス命名は、誰が行ったものであろうか、赤石山脈と呼ばれていた山塊が、国立公園指定では南アルプスに変わっている。戦前から国立公園であった北アルプス中部山岳国立公園となっており、戦後、県立公園となった木曾山脈中央アルプス県立公園となったことと関係しているのであろうか。西田氏が瀬戸内海という地域は、欧米人の認識によって生まれ、それ以前は、瀬戸内海の各所の地域の集合でしかなかったと述べている点で、山脈の認識自体も古くからのものであろうか。また、現在も住民生活上からは、どこから見られかによって、南アルプスは、見える山が相違し、その山の認識があるが、見たことも無い地域を含む全域を一つ南アルプスと認識しているとは言いがたいのかも知れない。中村登流氏と話していて、信州人は遠景となる高い山(アルプス)を普段見ようとしないのではないかと言っていたことを思い出す。住民には、それだけ無縁ということであったからであろうか。
 近代の登山家は南アルプス全体を意識し、そこあるいくつもの頂上を征服したいと考えるのであろうか。大きな山塊を一体のものとして認識したのは、瀬戸内海と同じく、欧米人であったのだろう。そうした全体の南アルプス概念ができると、その地域を構成する区域や構成要素を位置づけることが出来る。
西田正憲:瀬戸内海の発見,中公新書,1999
中村登流:鳥類の研究者、著書の一つに野鳥ガイド,光文社,1977がある。

南アルプスの景観要素
 山塊は山系と水系によって構成されている。急峻な山系には自然環境が保持され、水系の下流から遡るように生活域が伸びている。水系による流域が区域を構成し、区域は山系が境界となる。地学的な景観要素は山系を構成する尾根、頂上と鞍部(峠)と山域であり、水系を構成する本流、支流と水系への集水区域が流域となる。南アルプスの長野県側を見ると、山稜の尾根は大きくは北から南へと連なり、水系の本流は天竜川となるが、3つの支流が山域に分け入り、途中、中央構造線の断層によって南北の渓谷を構成し、峠によって流域が連続している。さらにその支流が山中の渓谷を構成している。
 地形の骨格は地質によって、その表皮は植生によって被われている。山頂部と渓谷に沿った山腹は、気候条件と山地の不安定さから、植生の被覆が無くなり、地質が岩石として顕わになる箇所が生じる。それとともに、植生は、森林から低木、草地、裸地、岩石へと移行していく。森林の破壊と回復が、気候と侵食によって生じ、植生が変遷している。
 人文的要素として流域下部に居住域が形成され、土地利用が展開し、植生を改変する。それらの居住域は交通施設(道路)によって連結する。中央構造線の北から南に貫く谷は、秋葉街道が通じている。土地利用は山地上部にまで広げられ、山脈から分断された居住域の前山は、薪炭林などに利用され、また、前山の広い山頂は放牧地として利用されてきた。近代以前これらの山村の支配(高遠藩)の中心として城郭と城下町を形成してきた。
 集落ごとに分散している山村地域は、様々な時代に開発された歴史を有し、各集落の歴史に由来して伝承や行事や芸能が維持されている。山村集落は、古い民家とともに住民生活の中心となる社寺を有している。また、街道沿いの集落は、宿場の機能を持ち、古い旅館や商店などが見られる。
 近代になって山村も社会的な変動はあっただろうが、社会構造や産業的な面の変動は部分的なものだったのではないだろうか。しかし、戦後の電源開発林業開発は、渓谷と森林の様相を一変させた。都市との所得格差が拡大し、人口流出が顕著となった。農林業衰退に代わるものとして、登山利用を中心とした観光開発に期待がもたれるようになった。

景観評価
 上記の景観要素の中で、南アルプスの特徴を示す要素はいずれであろうか。日本の水準から世界水準に評価を格上げし、世界遺産として残す価値としてということである。
 山岳自体、北アルプスとならぶ3000mの高峰がいくつもある山岳であり、森林が豊かに残り、典型的な垂直分布を見せて、北海道の緯度分布に対比しうる植生である。垂直分布としては、周囲に富士山、八ヶ岳中央アルプスがあり、さらに、御嶽山、乗鞍、北アルプスと並列している。植生は氷河期の残存分布も見られ、信州カラマツはその典型的な樹種である。地形、地質の点でも、地殻の褶曲による動的な変化を示しており、列島を分断する中央構造線による渓谷を有し、化石産出や石灰岩の岩壁の景観は、その特徴を示している。
 山村景観としては、厳しい山地の条件に適合した農業が持続し、奥地の隔絶した環境に歴史的な景観が持続している。伝承、行事、芸能も残されている。山岳地の自然環境の利用が、近代登山の元に展開し、登山路、宿泊施設などの整備も進んでいる。

 以上の肯定的評価とは逆に、マイナスの評価もなしうるが、これらは改善し、マイナス面を少なくする必要がある。森林は国有林の伐採事業の進行で、原生林が失われている。森林回復の対処が必要である。山村生活も近代化され、その独自性を喪失している。近代的な生活を山村の条件に適合させる新たな生活スタイルの創出が必要であり、山村資源の利用による育成によって循環的な資源回復も必要である。登山施設の維持・管理とサービスに、自然環境の価値を実感する取り組みを増進する必要がある。