薫風

はじめに
 窓を開けると、風に当たって何か良い匂いを嗅ぐことが出来た。どこにその匂いの元があるのかと探してみるが、近くには見当たらない。花の匂いだとしても、何かの花の匂いというよりは、色々な香りがが混在して、特別な香りを放っているようである。風が集めた花の匂い、いや、若葉の匂いかもしれない。風薫る5月とは、誰もが感じることなのであろうか。その香りの元は、様々な樹木、草花から、森林の全体にあり、森林が大気と一体となっている。暖められた大気は香りを集め、その元になる花や葉を開かせ、成長させるのであろう。植物は大気と呼吸し、陽光を葉の緑が取り込んで、植物を成長させている。その活動が盛り上がっているのが、夏至に向かうこの5月なのか。
 そういえば、薫風のもとは藤の花盛りがあった。また、ニセアカシアは白い房をたわわに枝垂れさせていた。ノバラはつぼみで花の準備をし、スイカズラはそのつるを伸ばし始めている。薫風にはこれらの花々の様子が込められている。風の気持ちよさは、薫風とともに、森林の心地よさと一体となっている。詩的な情感を誘い、胸は生きている幸せを感じさせる。これは1人だけのことなのであろうか。この薫風に包まれた人のすべてに感じられることではないのだろうか。窓を開け、風を取り込み、薫風につられて森林にその元となる花を求めて歩くことは、喜びに充ちた森林を見出すだろう。

大気の成分
 ウィキペディアによれば、大気の成分は窒素と酸素が大部分を占め、アルゴンと二酸化炭素が小部分を占め、微小な成分に一酸化炭素、ヘリウム、メタン、クリプトン、一酸化窒素、水素、オゾンが含まれ、水蒸気は場所により、時間により、変動しながら、0〜4%の割合を占めている。その他の物質も気化して気体となれば、大気に混入するだろう。高温で気化した物質も気温によって温度が下がれば、液体や固体にもどり、また、空気中の酸素や窒素と化合して、別の気体となって混入するか、固体となってチリとなるのだろう。そこで、香りは油性成分が水蒸気とともに気化して大気を漂っているのだろう。香りに満ちた大気も拡散し、液体や固体に戻って、雨となって水面や地上に戻ってくるのだろうか。

林内の香り
 森林を構成する様々な生命が特有な匂いを放っている。まず、植物の呼吸と光合成は、大気から炭酸ガスと酸素を取り込み、水蒸気とともに、酸素と炭酸ガスを放出する。また、植物が昆虫を集め、昆虫や微生物が忌避する物質を放出する。花を咲かせて、昆虫を誘引し、葉と幹を守る植物の活動が、植物ごとに特有の香りを生じさせたのであろう。林内はこうした様々な香りに満たされているが、樹冠の閉鎖によって林内に空気が保留されて渾然一体となっている。
 針葉樹林と広葉樹林、混交林によって、アカマツ林、ヒノキ林、スギ林、ブナ林、ナラ林、カバ林によって林内の渾然とした香りは相違する。林内の香りが昆虫や細菌を忌避し、あるいは死滅させる成分を出していることで、この物質をフィットんチッドと呼ばれており、香りとしても作用する。
 しかし、林縁が閉鎖し、風が通り抜けない林内は、湿度の高い空気がこもって、夏は蒸し暑くなる。林間に爽やかな風が通る林内は、林木の密度も良い林である。空気はこもらず、風がその空気を大気のなkに運んでいってくれるのであろう。木々の葉は蒸散が盛んとなり、林内には新鮮な香気が漂うだろう。私の経験には、木曽のヒノキ高齢林の林内で、ホウノキの花の香気が高い林冠から下方にいる私のもとに漂って、花を感じたときのことである。ヒノキの香りに満たされていたと思った林内から、香しいホウノキの花の匂いに見上げると、高く気高い白い大きな花を見出した。

森林の蜂蜜
 ミツバチが花に留まり、懸命に花粉を足に擦り付けている。ミツバチは香りに誘われて、この花のもとにやってきたのだろう。荒山さんの森林で採れたハチミツは春の百花蜜と秋の百花蜜がある。春の百花蜜しか食べてないのだが、類なく美味しい蜂蜜である。百花蜜は様々な樹種の花が集められた蜜という意味である。複雑な香りが、酸味のある刺激的な甘さの中に含まれている。この蜜は香りのエキスとも感じられ、その香りは多様な樹種で構成された森林のなかにいるような感じにさせてくれる。