封じられた風景または風景の変化

はじめに
 20数年前に山村の観光開発問題で5つの町村に出かけたことがある。富士見町はその一つで八ヶ岳山麓と入笠山山麓に広がる長野県と山梨県との県境の町である。富士見峠から富士山が望んで感激したことがあった。富士見町には日本で最高位の標高1000mを越える限界水田があり、農業の特別の工夫のあることでも知られている。八ヶ岳山麓はおそらく採草地の原野として利用され、火入れも行われていたのであろう。財産区の林地でカラマツの植林が行われたのは昭和28年という。それらのカラマツ林で、林業不振とともに、観光開発が行われた。
 観光開発は昭和43年から55年にかけて長野県企業局による保健休養地開発事業として、830haの面積が開発された。当時、富士見町の経営耕地が2000ha余りであったのに対して広大な開発であった。別荘が2000区画で調査時には完売の状態であった。ゴルフ場、テニス場などの施設、公共団体の宿泊施設、ペンション地区の施設整備とともに保健休養地の一体的な開発は地域管理とともに大きな成功例といえるものであった。東京に近接し、高速道路の整備とともに、利用しやすい場所となったことも成功の要因であったのだろう。
 一方、農林業地場産業の衰退が顕著となったのではないだろうか。山麓に広げられた高原野菜の畑地、牧草地、乏しい水源を利用した水田は、石の混じる農地と厳しい気候条件によって、限界として成立したものであったのであろう。また、都市に通じる交通条件の良さは、人口流出を促すものとなったであろう。そうしたところで、観光開発は住民の経済を向上させるものとなったといえる。しかし、観光の発展は、農業の衰退につながったのかもしれない。

封じられた風景
 昨日、富士見町に出かけて、大きな風景の変化に驚いた。水田や畑が荒地や草地に変わり、以前の農地の間に見られた樹林は大木の林となっていた。富士見町の知人は、7割の農地が遊休地化し、草地は景観のために維持されていると説明してくれた。点在する別荘は成長した樹林の一角で、もとからの風景にように収まって見えた。寒冷な気候の清浄な空気の中で、山々や風景の広がりはいかにも鮮明で、農地の広がりと樹林に沿った集落は地形の変化とともに調和した農村風景を示している。
高木となった樹林
放置された畑 草地化した畑












 近くにソバの美味しい店がある。昔、農家で営まれていたその店に諏訪の人に案内されていったことがある。八ヶ岳山麓ではソバが栽培されていて、戦前から、諏訪の町に朝打ったソバを売りに出かかけて行ったということである。そうしたソバを打って、自宅でそば屋を開いたということである。冷たい水の流れに晒されて、引き締まったソバは実に美味しいものであった。今は、そんなソバ畑の広がりは見られない。
 以前の農村風景は、保養地の自然風景へと変貌し、保養地風景維持のために農地の放棄による荒廃を防止しようとしている。自然環境の開墾、開発によって成立した農村風景は、農業の衰退とともに自然風景に回帰していくのであろうが、富士見町では、保養地風景の維持によって、以前の農村風景も、自然風景もが封じ込められたといえるのではないだろうか。

風景の変化
 保養地風景は、戦前から富士見町は大気療法のサナトリュウムとして利用されていた頃、堀辰雄の小説に描かれている。保養地に適した場所の評価は戦前からのものであったのだから、今日の保養地風景はその特徴が地域全般に広がっているといえるかもしれない。山麓の農村風景は、高原風景にかわり、山岳の自然と山麓の広がり、斜面の樹林の点在する雑木林は高原にマッチするものとなった。
 現在、別荘地開発がなされて、30年の年月が過ぎた。退職後の楽しみとして別荘に住んだ人々も60代の人は90歳を過ぎて、利用できなくなっているだろう。いくつもの別荘が利用されない状態が見られるのもそのためであろう。別荘自体も老朽化してくる。新たな世代が別荘の利用者となり、別荘を再生するのであろうか。
 新たな別荘が作られており、古い別荘には若い世代の姿も現れるだろう。別荘地の持続も森林と同じように若い世代への更新にかかっている。当時、4000戸に足らない住民の地域に、別荘は2000戸以上にも及んで計画された。別荘住民の増減は地域の盛衰を左右していることが想像される。放棄農地の森林化を抑制した景観への配慮も保養地の風景を持続させるためであろう。

風景展望
 風景を形成した農林業の衰退は、保養地風景の持続のために特別の配慮が必要とされるまでになっている。しかし、こうした配慮には限界がある。遊休地の増大は7割に及んでおり、それを草地として持続するために必要となる費用は将来性や合理性がない。草地を必要とするのは、畜産業であり、農業における堆肥の必要である。放置された森林も利用されてこそ、同じ姿が保たれる。地域の人口減少や高齢化もさらなる風景維持の困難さとなるだろう。